第242話

 「?!大丈夫ですか?!」

 腹を押さえて苦しむ俺を見たコグモから、一瞬で大人の余裕が消える。

 そして、自然な速度で修復していた、外装の関節等を素早く直しながら、俺の側面に回り込み、心配そうに背中をさすってくれた。


 (ははっ……。今見てみると、そう言う所まで、俺にそっくりだな)

 と、軽口を叩きたいのは山々なのだが、今の無防備な中に叩き込まれた一撃がクリーンヒットしすぎて、声にならない。

 

 何故か、"黒いの"の攻撃で発生する痛みは、調整が出来ないのだ。

 普段から痛みの神経を弱めたり、一定以上の刺激になると、自動的にカットしたりしている為、俺自身、正直、強い痛みには慣れておらず、コグモの神経攻撃で簡単に気絶してしまう程度には、痛みに弱い。


 前世では平和な日常を送っていたし、仕方が無いと言えば仕方が無い事なのかもしれないが、今後は、こう言った面も鍛えなければ、いけなくなるかもしれないな。


 「あ、あぁ……。もう大丈夫だ」

 何とか復帰した俺は、息を整えながら答える。


 すると、コグモは「そうですか?」と言って、背中を擦る手は止めてくれた。

 しかし、それでも、不安なのか、心配そうに、こちらの顔を覗き込んで来る辺り、俺の言葉は全く信頼されていない様だ。


 (……まぁ、俺も、コグモが苦しそうにしながら、大丈夫なんて言った所で、これっぽっちも信用しないだろうしな)

 と言うか、今、俺を心配するコグモ以上に、俺はボロボロのコグモが無理をしていないかの方が心配だし。

 その辺りはお互い様と言う事だろう。


 「本当に大丈夫だから……。ほら、この辺りの悪い空気?を収める代わりに、この子に体の一部を貸してやってるだけだからさ」

 俺は背中に乗せられたコグモの手を落とす様に、丸まった背中をゆっくりと正していく。


 まぁ、実際には、口に出した内容程、上手くは行かず、色々とあったが、それを説明するのは骨が折れる。

 かと言って、ここで"何でもない"と、嘘を言った所で、彼女は納得してくれないだろう。


 「気休めの噓にしては少々、壮大ですが……。それって、大丈夫なんですか?」

 話の内容と、状況が状況なだけに、嘘と切り捨てられず、事態を測りかねているのか、コグモが訝し気な表情で聞いて来る。


 「あぁ、今の所はな」と、腹を撫でながら答える俺。

 「なんでも、今、腹にいる、この子は、体を持たないせいで、欲を満たした感覚と言う物を知らないらしいくてな。まず第一に"腹を満たしてみたい"とのご要望だ。

 今の痛みは俺がそれに応じなかったのが原因だし、少なくとも、それに付き合っている間は、どうこうなる心配は無いんじゃないか?」


 「先程から、この子って……。まさか、育てる気ですか?」

 ジト目で睨みつけて来るコグモ。

 察しが早くて助かる。


 「この子にその気があるかどうかは、さておき、まぁ、成り行き上、そうするしかないんじゃないか?」

 俺は洞の穴の方へ歩みを進めながら、流す様に語る。

 まぁ、上手く行けば、俺のコアだけを射出して、分離ぐらいはできるかも知れないが、それはしないし、試す気も無い。

 

 この件に関しては、もう終わり。俺の好きにさせてくれ。

 コグモから目を逸らし、外に出る準備を始めたのは、その意思表示だ。


 「………」

 コグモもからは、引き続き睨む様な圧を感じるが、不用意な事は口に出せないのだろう。

 なんせ、俺の言葉が嘘じゃ無いとすると、俺の腹の中にいる敵の親玉に、悪意も、作戦も、全ての情報が筒抜けてしまうのだから。


 もし、相手の癇に障って、下手な事をされればどうなるか、彼女は、その一番最悪のケースまで考えて行動できる。

 だからここは……。


 「分かりました。それならば私も協力させて頂きます。どちらにしろ、食糧の確保は必要な行為でしたしね」

 予想通り、コグモは折れて、洞の穴に手を掛けた俺の後へ、静かに声を掛けて来た。

 これからのコグモは、暫く感情を表に出さない、観察モードだろうな……。

 

 「あぁ、そうしてくれると有り難い。なんせ、あの気の狂う空気が晴れた今、ここは最高の狩場なんだからな」

 洞の淵に足を掛けた俺は内心溜息を吐きながらも、コグモに前向きな、強い自分を見せつけて行く。


 「さぁ?狩られるのは私たちかも知れませんよ?」

 この先の凶悪さを、魔力が侵食してくる前に現れた先兵達から痛い程、知らされているコグモ。

 彼女が、これ程にも、外装を武装で固めなくてはいけなくなった原因。


 「理性を失って突っ込んで来るだけの奴なんて、コグモの敵じゃないだろう?」

 俺はコグモの記憶から、その先兵たちとの戦いを知っている。

 その脅威を知って、それ以上の物を予想して、食糧難の現状を理解してなお、同じく食糧難で、先兵と魔力に住処を追い出されたオオカミ達を仲間に引き入れたのだ。

 ……まぁ、その件は、クリアの優しい駄々も、一因ではある様だが。


 「リミッターの外れた敵程、怖い物はありませんよ」

 正面から、リミッターの外れた、化物のの様な力と速度を相手取ったコグモ。

 一瞬で、過去の柔らかい外装を食いちぎられ、今では、その死に物狂いで倒した先兵の堅い装甲を使って、その部位を補完している。


 「それは、お前が一人で戦おうとするからだ。一人囮役がいるだけでも、違うはずだぞ」

 そもそも、俺らは絡めて戦法が主力。

 それが、力自慢の、防御力自慢。近接特化の相手を真正面から受けて、逃げ延びるどころか、打ち取っていると言う事自体、おかしな話なのだ。


 そんな奇跡。そう何度も起こらない。

 だから、俺はそんな事態に陥らない様、全力でコグモをサポートする。


 「危ない事は余りして欲しくは無いのですが……。まぁ、全く死ぬ気はない様ですし、今回はそれに免じて、目を瞑りましょう」

 ……良かった。俺の前向きの覚悟が、彼女にも伝わったらしい。


 これは、村を襲うと言う判断を下した彼女ならば、負わなくとも良いリスクだ。

 なんせ、食糧さえあれば、何処にだって、いくらだって逃げ延びられる場所はあるのだから。


 逃げ延びて、力を付けて、倒せるようになってから、倒せばよい。

 ここで危険な狩りをするのは、俺達を生き延びさせる事が目標のコグモにとって、リスクでしかないのだ。


 それでも彼女は……。多少のはかりごとは有るのかもしれないが、俺の覚悟を尊重してくれた。

 だから、今度は俺がそれに、行動で答える番だ。

 

 「あぁ、俺も死にたくはない。気を抜かず、安全第一で、基本隠密活動で、安全な獲物だけを狩って帰ろう」


 「はい」

 コグモは俺の言葉に、先程までと変わらない、感情を殺した事務的な表情で、淡々と頷いた。

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