第236話
「……その子は誰なんだ?」
俺は、恐る恐る、画面に釘付けの白衣の女性に、横から声を掛ける。
「…………」
当たり障りのない、質問の仕方をしたはずなのだが、それがいけなかったのか、彼女はこちらに背を向けたまま、全く反応を示してくれない。
「……お前の、妹だったりするのか?」
俺はここで口を止めれば、話しかける事がもう出来なくなってしまう気がして、探る様に言葉を続けた。
「…………」
すると、今度は俺の声に反応してくれたのか、椅子がゆっくりと、こちらへ回転しはじめた。
そして、そこには、相変わらず、こちらに興味も欠片もなさそうな表情が……。
俺は、その、冷ややかな表情が自身に向けられている事を感じ、唾を飲む。
「……分かりますか?」
間を開けて、急に投げかけられた質問。
彼女の存在感に押され、思考を放棄しかけていた俺は、その声に意識を引き戻される。
(分かりますか?って、何だ?!と言うか、俺は、さっき、何て話しかけたんだっけ?!)
パニックになりかけながらも、記憶を読めると言う能力を使って、自身の発言を思い出そうとする。
(……?!何でだ?!能力が使えない?!)
しかし、今考えてみれば、俺の今の体も、目の前の彼女と同程度の大きさになっているし、俺の人格や記憶以外のハコは、完全に複製されてはいないのかもしれない。
「…………」
彼女は固まる俺を静かに見つめ続けている。
(落ち着け俺!相手は待ってくれているぞ!ここは落ち着くんだ!)
俺は心の中で深呼吸をすると、自身の記憶を掘り返して行く。
焦ったら、まずは落ち着く。
前世の社会人時代から、苦手にしていた課題だったが、その責任が、自分の命だけだと考えると、思いの外、すんなりと、落ち着けた。
案外、俺は、他人の迷惑を考えなければ、自身を律する事が出来る方なのかもしれない。
(ええっと、俺は、何を……。あぁ、そうだ、俺が彼女に、画面の中の子が妹なのかを質問をして……)
落ち着いて考え始めれば、すぐに、答えは返って来た。
(んでも、どう答えるべきなんだ?彼女が妹について、どう考えているかも分からないし、そもそも、画面の中の女性が、彼女の妹であると言う確証も……)
いや、彼女の機嫌を損ねた時のリスクは、再三確認し、容認できると受け入れたんだ。
ここでグダグダ考えて初めて、間を開けすぎた事で、彼女に興味を失われる方が問題だろう。
俺は、難しい事を考えるのは止め、思った通りの事を話そうと、口を開く。
「……まぁ、な。ほら、そこら中に写真が飾ってあるし……。何より、お前にそっくりだ」
恐怖を表に出さない様、気を付けながら話す俺。
いくら容認したと言っても、自身の命も惜しいのだ。
格好はつかないが、その辺りは勘弁して欲しい。
「……ふふふっ。そうですか……、私にそっくりですか……。うふふふふふっ」
しかし、俺の不安とは裏腹に、彼女はこちらの返答が気に入ったのか、口元に手を当てながら、楽しそうに笑う。
(笑う……のか。そうか、そうだよな、彼女も人間だもんな……)
俺はと言えば、始めて見る、彼女の人らしい表情に、安堵していた。
話している相手が、歴とした、感情を持つ人間だと認識できる事に、これ程の安心感を覚えるとは、思ってもいなかった。
「何か、可笑しかったか?」
少し、緊張の解れた俺は、上品に笑い続ける彼女に質問する。
「ふふふっ……。えぇ、それは、もう。だって、天使の様なあの子と、私が似ている所なんて、微塵も無いんですから……」
彼女は、そう言いながらも、機嫌を悪くするような様子は無く、嬉しそうに微笑んでいた。
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