第235話
突然飛ばされた、薄暗い空間。
その場でへたり込んだまま、首の動く範囲で辺りを見渡してみれば、あちらこちらに画面の様な物があり、当然ながら、その向こうには様々な映像が映っていた。
「ねぇ、貴方。貴方は私と妹の為の世界を壊す気なの?」
俺はその声に驚き、転がる様にして、音源から離れつつ、そちらを向いて顔を上げた。
と、そこで、浮遊した椅子に座る女性と、目が合う。
「…………」
今にも、吸い込まれてしまいそうな程、美しい瞳。
辺りの暗闇に溶けてしまいそうな、長い黒髪を携え、それとは対照的な、白衣を羽織る事で、この世に存在を固定している様な……。
「……なんなんだ?お前」
俺は、その神秘的な女性に向かって質問する。
本来は相手の質問に返してから。と言うのが筋だろうが、そうするには、あまりにも状況や言動が、不可解過ぎた。
「私ですか?私は私です。他の誰でも無いですよ?」
それに似たセリフを、俺はどこかで聞いたような気がした。
「そんな事よりも、ねぇ、貴方。あのまま、あの子が全てを解放したら、どうなってたと思いますか?」
優雅な姿で、宙に浮く椅子に座ったまま、畳みかける様に、質問をしてくる女性。
「うっ……。それは……」
俺は、自身の顔色が悪くなるのを感じる。
今の状況は理解できないが、彼女の言わんとしている事は理解できた。
あの狂気を。溢れ出している分だけで、あれだけ人を狂わせる狂気を、あの子から解放したらどうなるか。
正直、予想も出来ないし、したくも無い。
「まぁ、実の所、壊れたら、バックアップデータを読み込めば良いだけの話ですので、問題は無いのですが、貴方には、話が通じそうでしたし、新しい可能性が生まれそうだったので、止めさせて頂きました」
本当に、彼女にとってはそれだけの話なのだろう。
それだけ告げた彼女は、浮遊した椅子に座ったまま、すぐに背を向け、大きな画面を見つめ始める。
っと、彼女が見つめる巨大なスクリーンの横に、俺が先程までいた場面が、静止したまま、小さく映っていた画面が配置されていた。
そこには漏れなく、静止したままの俺も映っている。
(……あぁ、なんとなく理解出来て来た)
理解できてしまった。
「あの世界は……。いや、あの世界だけじゃない。そこら中の画面に映る世界も、お前が作り出した物なのか?」
「そうですねぇ~……。正確には私一人で作り出したのではないのですが、貴方が聞こうとしているのは、そう言う事ではないようですし。はい。と、答えておきましょうか」
俺の問いに、彼女は振り向く事なく答える。
(よかった……)
その答えの内容よりも、何よりも、答えて貰えたと言う事実に安堵した。
あれ程、本当に興味がなさそうに話をされると、どうしても、もう、答えてくれないのでは無いかと言う、疑念が湧いてきてしまう。
俺をこの場に呼んだのも、ちょっと視界に映り、たまたま、俺を使えそうだと思ってくれたから。
そうでなければ、壊れた世界をリロードし直していただけなのだろう。
いや、もしかしたら、俺はもう既に世界を壊していて、世界をリロードした後だからこそ、その原因である俺を視界に入れてくれたと言う可能性の方が高い。
そうでなければ、これ程までに、道端の石ころよりも興味がなさそうな俺を視界に捉えてくれる訳がない。
そう、確信できる程までに、彼女は、俺に対して、俺の世界に対して無関心だと、感じさせられてしまうのだ。
「…………」
俺が一言も発しなければ、彼女も話し出す事は無い。
(……もしかして、もう、忘れられている?)
無い話では無かった。
そもそも、今ここにいる俺も、あの世界で制止している俺の、模倣品でしかない様な気がしている。
彼女にとって、今の俺は、子どもが、そこらの森で捕まえてきた昆虫ぐらいの存在で、飽きたら、もう、見る事もしないのだろう。
下手をしたら、それこそ、この虫かごの中で、死ぬまでずっと……。
「…………」
何と話し出すべきか。
もう、聞いてもらえないかもしれないが、聞く気が無くても、聞こえる物は聞こえてしまう。
余り五月蠅い声で鳴くと、彼女の気に触れて、叩き潰されてしまうかもしれないと考えると、迂闊には話し出せなかった。
(……そう言えば、彼女はさっきから、何を見ているんだ?)
俺は恐る恐る、彼女の陰に隠れ、良く見えない巨大なスクリーンに近づき、目を向ける。
(……これは……。あの女子高生を追っているのか?)
しばらく映像を見ていると。なんとなく、そうである事が分かった。
女子高生は、今、俺の目の前にいる白衣の女性と瓜二つで、成長したら、彼女そっくりになるのではないかと、感じる。
唯一違う点を上げるとするならば、目の前にいる白衣の女性よりも、雰囲気がキツイと言うか……。シュっとしている事ぐらいだろうか。
(あれはクローンか何かなのか……?)
もっと情報が欲しいと辺りを見回せば、いくつかのデスクや壁に、画面の向こうの女子高生と
(これは……。こっちもそうなのか?)
その写真に写る彼女の年齢はバラバラで……。幼い内は、ちゃんとカメラに向かって映っている写真が多いのだが、ある時を境に、彼女がカメラに気付いていない様な、盗撮紛いな物に代わり、彼女自身、全く笑わなくなっていた。
そして、その中の数枚に、幼少期の女子高生と思われる人物と、楽しそうに戯れる、白衣の彼女の姿も映っていた。
(これは、クローンと言うより、家族……。姉妹、なのか?)
画面の向こうの少女の変化は分からないが、なんとなく、二人の関係性は見えた気がした。
(後は……。もう、聞いてみるしかないよな……)
俺は掌を、ギュッと握る。
彼女の気に触れたらと思うと、冷や汗が止まらない。
上手く声が出るかも、心配だった。
(……んでも、いつまでもあの世界を、止めたままにして置く訳にもいかないしな……)
画面の向こうに映る俺を見るに、ここにいる俺は、クローンか何かの様だし、最悪、彼女の気に触れて、消されてしまっても、問題は無いだろう。
それに、幸いな事だが、彼女は、あの世界をリロードする気がある程度には、執着がある様だった。
その点、俺の態度どうこうで、あの世界が滅びる心配が、無い……。とは言えないが、限りなく低い事も確かだろう。
(大丈夫だ、俺。条件だけなら、体を乗っ取られるリスクのあった、黒玉との交渉の方が、危険だったろ?)
そうだ。
俺は、この、白衣の女性に、怯えているだけ。
あの、黒玉以上に、理解できない彼女に恐怖しているだけなのだ。
それに、彼女が言うには、俺に、あの狂気の渦を止める力があるかも知れないとの事だった。
それを知る事ができれば、黒玉の子も解放出来て、世界の汚染も止められる。
(ほら、良い事尽くめじゃねぇか……。失うもんはねぇんだ。気張れよ、俺)
俺は、覚悟を決めると、再び口を開いた。
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