第233話
(はははっ……。夢の中なのに、痛いな……。
それにしても、相手がリーダーを噛んだ時の感触を覚えてくれて良かった……。
噛まれた所で、実は、リーダーは鋼鉄のように固かったのです。とか言って、後だしジャンケンの様なことされたら、流石にお手上げだったな……)
さて、ここまで、事は順調に運んだ。
順調に運ばなかった方のお相手さんは「クゥン……」と、悲しそうに鳴きながら、戸惑っている。
(まぁ、慕っているリーダーを二度も自身の手で殺すのは、辛いよな)
んでも、この役を演じた今、思うんだ。
実は、リーダーは本当に強くて、正気も、少しは保っていたんじゃないかと。
(実際の所は分かんないけどな……。でも、もし、俺が思っている通りなら、リーダーはこう伝えたかったはずだぞ)
俺は、相手のオオカミの心に、直接コネクトする。
これは現実世界のオオカミ同士では出来ない事。
感情を表現する手段が少ない以上、絶対に伝わらない事だ。
『……お前、強くなったな……』
「クワゥ?!」
脳内に流れ込む感情に驚き、辺りを見渡す様に、クルクルと回るオオカミ。
『おい、俺だよ。お前の、お前らのリーダーだよ……。分かるだろ?』
オオカミは、暫く辺りを見回した物の、俺の呼びかけに納得したのか、静かに、虫の息の俺に目をやった。
『そうだ。俺だよ。……へへへっ。もう、リーダーって言うには、ボロボロだけどよ……』
「クワゥ」
『そんな事ない』と、小さく吠えるオオカミ。
「クワゥ、ワゥワゥワゥワゥ……」
『リーダーは強い、そんな怪我、すぐに治る』
言葉で表現できない感情が流れ込んでくる。
改めて、人間の作り出した、言葉って言う奴は偉大だなと、思った。
『そんな事ねぇよ。お前はもう一回見て、知ってんだろ?俺は、このまま、もうすぐ死ぬ』
「クゥン……」
『そんなこと言わないで』
『いや、死ぬんだ。死んで、お前がリーダーになる。俺より強く、気高いリーダーにな』
そこで、俺は、少し距離を置いた場所に、複数のオオカミの幻影を生み出した。
『さぁ、皆が次のリーダーを待っているぞ』
「クゥン……」
『ほら!さっさと行け!リーダーになるお前がそんなんでどうする!俺に恥をかかせたいのか!!』
「キャン!!!……クゥン…………。ワゥ。……ワゥワゥワゥ!!」
オオカミは暫く、俺と、新しい群れとの間で、視線を行き来させていたが、意を決したのか、こちらを向き、吠えながらも、群れへ駆け寄って行く。
『そうだ。それで良い。お前は新しいリーダーだ。もう、過去に縛られるんじゃない。新しい群れを率いて、新しい地で、新しい人生を……』
もう、それは、俺の言葉ではない。
しかし、このシナリオは、あのオオカミの心の中にも無かったはずだ。
今、彼が、群れのリーダーが話している言葉は、あの人ならこう喋るだろうと、即興で、あのオオカミが考え出したものか、或いは……。
(……どちらにしろ、俺の考えた筋書き通り。はははっ……。やればできるじゃん。俺)
オオカミが群れに近づくにつれ、俺の意識が遠のいて行く。
どうか、次の人生があるならば、彼らの幸せを願って……。
『さぁて……。まだまだ行くぞ!』
未だ二件目。体感ではかなり時間が過ぎたが、現実世界ではどうなのだろうか。
精神がやられる前に、餓死して共倒れ、って言う未来だけは避けたいもんだが……。
『まぁ、そこは考えても仕方ないか……。さぁて!次だ次!』
そうして、俺は新しい記憶へ潜って行く。
次の記憶は、遭難の末、残った食糧をめぐって争い、気付いた時には友人を仲間を殺めてしまっていた冒険者のモノだった。
その友人には家族がいた。
彼は、自身が死ぬべきだったと後悔しながらも、彼を家族の元へ届けなければと、力尽きるまで、仲間の死体を背負い、森の中を彷徨う。
そして、死んだ今でも、食らえるモノは何でも食らい、生き延びて、彼を家へ送り届けようとしていた。
いや、その信念だけが、生き延び続けていた。
だから、俺は、幻想で、そのゴールを作ってやる。
彼は、殺した友人の家族の前で、泣きながら詫びて消えて行った。
『……行ったか……。
嘘でも、いや、嘘じゃなきゃ、救われない奴らもいるんだな……』
村長の一件からも学んだが、やはり、嘘は悪じゃない。
騙して、騙し通してやる事が、相手の幸せにつながる事もある。
そうしなければ、救われない想いもある。
今までの3人の記憶を通して、俺は、その事実を強く実感した。
結局の所、本当の意味で、彼の犯した罪が消える事は無い。
起きてしまった事実は変えられないのだから……。
『……いや、違うな。……そうか、誰も、罪なんて犯してないんだ』
嘘という物自体に、善悪が無いのと同様に。
起きた事象に、起きてしまった事自体に、善悪など存在しない。
人がそれを認識し、悪と感じ、そこに責任を感じる事で、それは初めて罪になるのだ。
彼らが、それを罪と感じてしまった以上、自身の行為に責任を感じてしまった以上、償わずにはいられない。
それを償う。いや、自身を許す方法が、もう、存在しなかったとしていても、だ。
『人を救う嘘か……。それは本当に救いなのか?罪にはならないのか?』
心の証言台に立った俺は、裁判官席に向かって問いかける。
『んなもん。決まってんじゃねーか。解放されたあいつ等を見て、俺は最高にハッピーだぜ!』
俺の姿をして、突然現れた裁判官は、机の上で寝滑りながら、大層、愉快そうに『カッカッカ!』と笑う。
『ふっ……』
欲望に素直な自分自身を見ていると、難しい事を考えている自分が滑稽に思えて来た。
結局は、俺自身がどう感じるかと言うだけの話。
その点では、目の前の俺程、裁判官に相応しい者はいないだろう。
俺は皆を騙して、それが本当の意味で、救いになっているのかどうかすら分からない。
しかし、他人がどう想おうと、少なくとも、今の俺は間違いなく、"最高にハッピー"だった。
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