第232話

 今度は、この森の狂気に呑まれ、仲間同士で殺し合った結果、最後まで生き残ってしまったオオカミの前に、俺は投げ出された。


 (……ん?今回は、相手人格と同化しないんだな……)

 もしかしたら、彼は、本当に俺を食いに来ただけで、乗っ取る気は無いのかもしれない。

 

 (うん、同化はしなくとも、なんとなく、記憶や感情は読めるぞ……)

 それでも、同化している時に比べると、拒絶されている感じがあり、あやふやだが、これだけ読めれば十分だ。


 (……よし、こんなもんか)

 俺は、彼の望んだ、群れのリーダーの姿で、現れる。


 「ヴァルルルルルルッ……!!」

 仲間と、自身の血に濡れながら、こちらが、何者かも分からない程、興奮している彼。


 (おいおい、誰だとは、ご挨拶だな)

 俺は「ヴァゥ!」と吠えて、自身のリーダーが誰だかを思い出させる。


 「ヴルルルルルルルッ……!ヴァゥヴァゥヴァゥ!!」

 しかし、相手のオオカミには分からない。

 いや、分かっているが、怪しんでいる。

 なんせ、死んだはずの、殺したはずの相手が、そこに居るのだから。


 だから、勝負を挑んで来ている。

 本当のリーダーなのか、その身で確かめる為に。


 (そうだよな。見た目や匂いを似せるよりも、こっちの方が分かりやすいもんな!!)

 

 「ヴワゥッ!!」

 俺は、相手のオオカミに向かって襲い掛かる。

 俺にオオカミの操縦経験は無いが、この、記憶と感情から構成された世界であれば、問題ない。


 何故なら、相手の記憶が、想いが、俺を形作り、動きを補助してくれるからだ。


 (速い……。そうか、お前にとっての俺は……。リーダーは、こんなにも強かったんだな……)

 それこそ、目の前にいるオオカミには絶対に負ける事のないであろう、圧倒的な実力差。


 そう、相手のオオカミは、リーダーに勝って尚、その強さを疑っていない。

 自身が勝ってしまった事も、リーダーが正気を失っていたせいだと考えている。


 これは、彼の記憶の中の話。

 実際の所、リーダーにどれ程の実力があったのかは、分からないが、少なくとも、この体からは、リーダーに対する強い畏怖と、尊敬の念を感じる。

 

 (そうか……。お前はリーダーの重責を知っているんだな。

 だから、だからこそ、お前は、死んでも死にきれず、今もこうやって、仲間の供養をしながら、この場で獲物を探している……)

 今回は、その獲物に俺が選ばれた様だったが、残念ながら、サラサラ食われる気など無い。


 それに、幸いにも、このオオカミから感じる、気高さにも似た何かを、俺は知っていた。

 生憎にも、同じオオカミと言う種から教えて貰った物だが。


 (……んでも、お前は違うな。あいつとは違って、最初から負ける気でいる)

 負けて、重責を引き継いでもらいたいと、心の奥底で考えている。

 早く楽になりたいと考えている。


 だから、自身が絶対に勝てない、リーダーを譲っても良いと思える相手。

 詰りは以前のリーダー役を俺に望んだの訳だ。


 (このまま殺してやれば、それが、こいつの考えるハッピーエンドか……)

 それは、今の俺の体をもってすれば、簡単な事だった。

 

 そう、それは簡単な事。

 これから続くであろう、大連戦を考えれば、精神の浸食が少ない今回の戦いは、ボーナスステージだった。

 

 (んでも、最終回がそんな簡単な結末なんて詰まんねぇよな?)

 それに何より、俺が気に入らない。

 ……そうだ、気に入らないのだ。


 (そうか……。そうだ。気に入らなければ変えっちまえば良いんだ……。今、この空間では、俺にはそれだけの力がある。

 クククッ……。そうか、力があれば、気に入らない結末も捻じ曲げられるのか……。そうか、そうか……)


 これは良い勉強になった。

 今までは周りの顔色を窺って、為すがまま、流されるままだったが……。

 力を付けて、全てをねじ伏せて、俺の思い通りに……。


 (そう考えると、人生、少しは楽しくなるかもな?)

 現実世界に返ったら力を付けよう。

 力を付けて、俺の野望の全てを叶えるのだ。


 (そうだな、まずは、現実世界で力を手に入れた時の予行練習に、この、気に入らねぇ悲劇舞台をぶっ壊すか!)


 相手のオオカミが振るう、大振りすぎて当たるはずも無い、渾身の噛みつき。

 俺は、予定調和で、それを避けようとする、己の体を制御し、自ら、その攻撃に当たりに行く。


 リーダーを噛んだ感触を知っている相手のオオカミは、流石にその怪我を誤魔化す事は出来ず、俺の体は容易に食い千切られ、地にした。

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