第231話
ここは、戦場。
オレはお腹が空いていた。だから、配給されるはずだった食料を奪った。
それは、オレだとバレる事は無かったが、代わりに、盗みの容疑が戦友に掛かってしまった。
オレは、その事実を言い出せないまま、規律の為に、目の前で戦友が処刑されるのを見ていた。
あぁ、俺は許されない事をしてしまった。
生きなきゃ、戦友の犠牲を無駄にしない為にもっ!!!
「このクソ野郎がっ!!!」
"俺"は、男の戦友として、その目の前にいる"オレ"をぶん殴る。
「お前は?!どうして?!死んだはずじゃ?!」
死人を目の前に狼狽える"オレ"。
「死んだはず?!お前のせいで死んだんじゃろが!!この腐れ外道!!」
俺は、もう一発、"オレ"をぶん殴る。
「ゆ、許せ!!許してくれ!!あんな事になるとは思わなんだ!!本当は、何度も、言い出そうとした!!でも、事の重大さを目の前にすると、どうしても、どうしても言い出せんかった!!言い出せんかったんや……」
泣き崩れる"オレ"の胸倉を、俺は掴み上げる。
「それで?俺の命と引き換えに食った飯は美味かったんか?」
「そ、それは……」
「言えっ!!美味かったんか?!」
「美味かった!!美味かったんや!!そりゃぁ、もう、どうしょうも無いぐらいに美味かったんやっ……!!」
泣きながら告白する"オレ"に、"俺"は追及の手を緩めない。
「んで、その後はどうした!!」
「必死に生きた!!軍が敗走した後も、泥水啜って、時には仲間の死体さ被って、その肉に沸いたウジすら食らって、必死に、必死に生きたんやっ……」
きっと、その後の記憶は、"オレ"には無いのだろう。
何故なら、最後はあっさりと敵兵に見つかり、殺されてしまったのだから。
「……そうか。ま、クズにはお似合いの生き方やな」
"俺"は怒気を緩め、"オレ"を地面へと投げ捨てる。
「……なんや、もう、怒っとらへんのか?」
尻餅を付いたまま、窺うように聞いて来る"オレ"。
「あ?!怒っとんに決まっとんやろ?!はったおすぞ!!」
「ひぃっ!!」
戦友に凄まれた"オレ"は、地面の上で身を縮こませる。
「……でも、ま、過ぎちまったもん、いつまで引き摺ってっても仕方がねぇもんな……」
戦友は頭を掻き、そっぽを向きながらも、仕方なさそうに、オレへと手を差し伸べる。
「許してくれるんか?」
「許さん!!一生許さん!!……んでも、最後まで俺の事ば、考えてくれちょった見たいやし、執行猶予付きや。感謝せい」
「へ、へへへっ。良いんかな?オレ、もう良いんかな?」
「知らん!そんな事は自分で決めろ!そもそも、俺はな!お前を戦友と思った事など一度も無いぞっ!
いつも、せこせこせこせこ、皆のご機嫌伺ばかりしよってからに!あぁ~、思い出しただけで、鳥肌ば、立って来よったわ!
昔からお前はそうじゃ!実力も無い癖に上の者にへこへこへこへこ!んで、努力している俺の後ろば、付いてきよる!そう言う所がな……」
段々と、空間から弾き出されて行く、俺の意識。
もう、オレは俺ではなく、戦友の幻影も、俺が演じなくとも、男の想像で完全に補完できるようになっていた。
距離が開くにつれて、聞こえる声が小さくなる。
尻餅をついた男が、戦友に怒られながら、それでも、いつまでも嬉しそうに、へらへらとしている。
それが、彼の、納得の形。
彼なりの最終回。
その内に、二人の姿も見えなくなって……。
『よし!まずは一人目!!』
俺の戦いは、まだまだ始まったばかりだった。
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