第227話
「コグモさんの粘着液と、ドロドロとした液を出す植物をすり潰して混ぜた特製、拘束弾ッス!」
辛うじて動く首を回して、声の方向を向いてみれば、そこには竹で出来た水鉄砲を片手に、楽しげに燥ぐウサギさん。
「いやぁ、水鉄砲をただの玩具にしとくなんて、勿体ないッスよね。こうやって、詰めるものさえ変えれば、立派な武器にだって、なるんッスから」
一人納得したように頷くウサギさんに怒りが募っていく。
「あ、大丈夫ッスよ。コグモさんの粘着液は繋ぎ程度にしか使ってないんで、この水で溶かした溶解液をかければ、すぐ取れるッス」
そう言って、クルミの様な堅い外皮を持つ、木の実の中身をくり抜いて作った容器を見せびらかすウサギさん。
「悪ふざけに付き合っている暇は無いんです。早くこれを溶かして下さい」
私は怒気を押さず、強めの口調でウサギさんに訴える。
「もう、釣れないッスね。逃がさない為にやってるんッスから、溶かす訳ないじゃないッスか」
それを、やれやれと言った態度で受け流すウサギさん。
「……パパ達に何かあったら、どうするんですか……」
それに対して、沸々と煮えたぎる内心とは裏腹に、意外にも冷静な言葉が出た。
「どうするも何も……。結果を受けれる事しかできないッスね」
さも、当然の様に語るウサギさん。
その一つ一つが気に障る。
故意的な物だと分かっていても、癇に障って仕方がない。
「じゃあ、パパ達が死んだら……」
「そうッスね……。冬も近いッスし、まずは食料確保が先じゃないッスかね。その先の話は、余裕ができてからで良いんじゃないッスか?」
「……私、行きます」
粘着液に絡まれ、外装を固定されている以上、体内に虫しての崩し様の無い核がある私は、この糸を力づくで抜けるしかない。
「クリアちゃん……。無駄ッスよ」
ウサギさんが諭す様な、優しい声で、私を止める。
「行くんです……。私、行くんです。今、行かなかったら私、私ッ!!」
「そうッス。それが、信念って奴ッス。誰が何と言おうと、簡単に踏みにじって良いもんじゃないんッスよね?」
そう言って、私に近付いてくるウサギさん。
「クリアちゃんも、その辺り、分かって欲しかったッス」
「あっ……」
ウサギさんが私に絡まり、固まっていた物質に、溶解液を、ちょろちょろと垂らす。
「そりゃ、信念がぶつかり合う事は仕方ないッスけどね。今回みたいな、姑息なやり方は無しッス。ぶつかるなら、真正面からッスよ!」
熱く語るウサギさん。
その間にも、溶解液は染み渡り、私に纏わりついた固形物を溶かして行く。
「クリアちゃんも、今回みたいな事をされると、相手が信用できなくなったんじゃないッスか?」
「……うん」
ウサギさんの言葉に素直に頷く私。
固形物は、もう、抜け出せる程、ドロドロに溶けていた。
「……僕なんて、昔、オオカミに襲われそうになった時に、一緒にいた御主人が、一人飛び出して、囮になって……。それを止める僕を、力で無理やりねじ伏せてッスよ?!酷くないッスか?!もう、御主人なんて、一生信じないッス!」
確かにパパならやりかねない。
……状況としては、今、押さえつけられていた、私と似たような状態。
「……それは酷いですね」
「そうッス!酷いんッスよ!だから僕は今でも御主人の事なんて、これっぽっちも信用してないッスしっ!」
私が静かに同意すると、ウサギさんは興奮した様に捲し立てて来る。
「でも、好きなんですよね?」
「そ、それはっ……!それとこれとは話が別ッス!」
私が話題を変えると、顔を真っ赤にして、挙動不審になるウサギさん。
チョロイ。
「結局、お互いに生き残って、幸せになって、あまつさえ、好きになって貰えれば、結果オーライなのでは?」
「いや!確かにそうかもしれないッスけど!あの時の僕の気持ちは……!でも、確かに、あそこで僕が出て行った所で、何の解決にも……。いや、でも、二度と同じ事はされたくないッスし……」
そこで首を傾げ、固まってしまうウサギさん。
「……詰まり、どう言う事ッスか?」
呆れた事に、最後には質問で返してくる始末。
「……ウサギさんって、馬鹿な振りして、賢い……。と思わせて。やっぱり馬鹿ですよね?」
「いや、僕、自分が賢いなんて思った事ないッスよ?」
嫌味でも、負け惜しみでもなく、当然の様に答えるウサギさん。
正直、演技でここまでやっているのだとすれば、私の完敗だ。
「……はぁ……。まぁそうですね。今回の件を私なりに纏めるなら、"相手の信念を容易に曲げようとするな"と、"今回は力不足だった、諦めて二人を信じろ"って所じゃないですか?」
「お~~。そうッス。そうッス。そういう事ッス」
ウサギさんは中身の詰まっていなさそうな頭を何度も縦に揺らして肯定する。
「はぁ……」
自然とため息の出る心から、未だ不安は消えていない。
それでも、私は二人を信じて待とうと思った。
少なくとも、ウサギさんが最も信頼していないパパはずの帰りを、これ程までに疑わず、待っているのだから。
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