第226話
『ありがとう……。もう行って良いわよ……』
私はファーストを労った後、その頭から飛び降り、自由にさせる。
すると、ファーストは群れの皆が気になったのか、皆の方へと駆けて行った。
「ま。これだけ脅しておけば、反旗を翻すなんて事は、まずないでしょうね」
泡を吹いて意識を失った男を前に呟く私。
(パパは飴を上げるのは上手でも、鞭を上げるのは下手だからね……)
まぁ、その辺りの役回りは、こうやって、私達が引き受ければ、何の問題も無いのだが。
「うわぁ……。これが人間なんスね……。確かに、御主人に似てると言えば似てるッス」
騒ぎを聞きつけたウサギさんが、竹の建材を抱えたまま、駆け寄ってきた。
「ちょ!危ないですってウサギさん!」
私はウサギさんに合わせて動き回る、その長い建材の先にハラハラしながら声を掛ける。
「すごいッス!これが、御主人の言っていた、道具ってヤツですね!」
が、彼は、男が持ってきた道具に目を輝かせ、全く話を聞いていない。
「はぁ……」
こうなると面倒だ。
建材を持っている以上、力ずくで話を聞かせようとすれば、暴れて、どんな被害を出すかも分からない。
「その、愛しの御主人様が帰ってきたはずなんですが、どこにいるか知りませんか?」
私がダメもとで声を掛けると、彼は以外にも、長い耳がこちらを向け、ピタリと動きを止めた。
「一緒に帰ってきたんじゃないんッスね?」
ウサギさんはこちらに背を向けたまま、聞いてくる。
「は、はい……。コグモさんが、気絶させたパパを連れて拠点へ向かった様だったので、先にこちらへ着いているとばかり……」
急に雰囲気が変わったウサギさん。
そんな彼の様子を窺いながら、現状を説明して行く。
「……そうッスか」
それだけ言うと、道具を物色を再開するウサギさん。
しかし、そこに、先程までの熱は無く、ただただ静かに、自身の役目として行っている様に見えた。
「もしかして、森の奥に……」
私は現状と、ウサギさんの反応をすり合わせ、確認の意味も込めて口に出す。
「そうじゃないッスかね……」
手に持った道具を眺めながら、淡々と語るウサギさん。
「でも、森の奥って……。大丈夫なんですか?」
私は危険だと言われ、近寄る事すら許されていないが、森の奥には見た事もない怪物が闊歩していて、それ以上に、気を狂わせる、瘴気の様な物が漂っていると聞いている。
「そればっかりは、分かんないッスね……。お二人さん次第ッス」
「お、これなんて良いッスね」と、道具を選びながら話を進めるウサギさん。
ここで、彼は何て冷血な人なんだと、怒り散らせれば楽だった。
でも、彼はそうじゃない。そうでない事を、私は知っている。
「助けには……、行けないんですよね?」
私は思わず、服の裾をキュっと握りながら、分かり切った問いを口に出す。
「ははは……。そうッスね。ただの足手纏いと言うか……。無駄な犠牲が増えるだけッスね。あの場所で正気を失わないのは、僕は勿論、いつも冷静なコグモさんですら無理ッスからね」
出来るだけ、明るく、いつも通りに振舞おうとしてくれたのだろうが、その覇気の無い声では、現状が厳しい状態だと、救いようのない状況だと、教えられているような物だった。
「なんで、コグモさんはそんな事を……」
私が、そう口にした途端。ウサギさんは再び作業の手を止めた。
「これは、僕の予想でしかないッスけど……。聞きたいッスか?」
彼の背中が、聞くなと言っている。
きっと、彼の中には、襲撃を行わず、パパが帰って来た場合、このような事態になる事を予想していたのだろう。
だからこそ、その事態を避ける為にも、ウサギさんは人間の村への襲撃を許可した。
詰まりは、人間の村を襲い、平和に物事を進めようとしているパパの想いを踏みにじってでも、その事態だけは避けたかったと言う事だ。
「……聞きます。聞きたいです」
私は意を決して答える。
「……そんな都合の良い話は無いッス。御主人の為とは言え、御主人を省いて、御主人の嫌がる事をしようとしたんッスから、黙って事の顛末を見てるッス」
ウサギさんはそれだけ言うと、項垂れる私を置いて、道具を片手に行ってしまった。
ウサギさんは、あの場では同意した物の、私達のしようとした事に対して、それだけの嫌悪感を抱いていたと言う事なのだろう。
(パパは、コグモさんは平気なの?ウサギさんが、これ程、嫌う事をしてまで、避けたかった事態ってなんなの?)
自身の知らない所で、自身にとっての重要な何かが決定される恐怖。
怖い。そんな事がこれからも行われるかと思うと、怖い。
そんな事を行う相手が、仲間が、ウサギさんが信じられなくなる……。
(今から追う……?駄目。どこで何をしているかも分からない上に、コグモさんですら正気を失う様な場所なら、私は確実に……。でもっ!!)
「キャッ……!?」
立ち上がろうとした瞬間、背中から、ドロドロとした白い液体が勢い良く吹きかけられ、体勢を崩してしまう。
「な、なにこれ?!体が、動かな……」
「ふっふっふ……。大成功ッス」
瞬時にドロドロからベタベタに変わった液体に悪戦苦闘している私の耳に、ウサギさんの楽しそうな声が響いてくる。
瞬間、私の中の何かが吹っ切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます