第225話

 私は気を失って動かない娘を介抱しながらも、牙獣の上で、何か話をしている、精霊様にも似た人物たちの様子を窺っていた。


 最初の内は、牙獣に乗った少女と、精霊様が親子のように接していたのを見て、安心したのだが……。

 その内に、精霊様の倍ほどの背丈をした女性が現れ、それに気づき、怯えた精霊様が、最後にはその女性の手によって動かなくなった。


 (どうする?ここは精霊様を助けるべきか?)

 しかし、精霊様は大丈夫だと言っていたし、娘のように接していた少女も、やれやれと言う様子で見守っている所を見るに、それ程の脅威ではないのかも知れない。


 (……それに、今はミルが……)

 先程、精霊様にも、冷静になって先を見据えろ。と言われた。

 精霊様を救い出し、彼女らと敵対してしまった場合、ミルを背負って、牙獣を操る彼女たちから逃げ延びるのは、無理があるだろう。

 ここは状況が判断できるまで、静かに待つしかない。


 (……!!!)

 その内に、大きな女性の方が、動かなくなった精霊様と、激しい接吻を始めた。

 私は思わず目を逸らし、ミルが目を覚ましていない事を確認して、安堵する。

 子どもを前に、あれは、過激すぎだ。


 しかし、精霊様と娘の様に接していた少女は、それを見て、少し、いらだつような様子を見せるも、特に何もしない。


 (……もしかして、あの三人は家族か?)

 ……成程。そう考えると納得が行った。

 大きな女性の方が、精霊様の妻であれば、接吻をする事もおかしな事ではないし、娘が二人の熱い関係を見て、苛立つのも分かる。


 考えてみれば、精霊様が何の抵抗もなく、敵にやられるのも、おかしな事だ。

 しかも、やられる前に向けた、女性に対する、怯えた様な表情は、私が妻の導火線を踏んだ時に感じるモノを彷彿とさせた。

 きっと、精霊様が、妻である女性を怒らせて……。と考えれば、納得が行く。


 まぁ、お仕置と言い、愛情表現と言い、過激な所はあるが、それも家族の形なのだろうと思えば、全てが腑に落ちた。


 (……そうでなかった場合は、腹を括るしかないな……)

 もしかしたら、あの二人は、こちらなどに興味は無く、逃がして貰えるかも知れないが、精霊様を連れずに、私達だけが村に戻ったとしても、もう、そこに場所は無い。


 最悪、村にいる妻までを巻き込んで、一家全員処刑という事すら、ありうる。

 こうなってしまった以上、私達は精霊様と、生死を共にしているのだ。


 私が覚悟を決めて、事の行き先を見守っていると、その内に、精霊様の妻と思われる女性が、気を失った精霊様を担いで、どこかへ消えて行ってしまった。


 『……そこの貴方。私の言っている言葉の意味、分かる?』

 そして、牙獣の上に乗った少女のみがこの場に残り、精霊様と同じような手法で、こちらに声を掛けて来る。


 「は、はい、分かります」

 咄嗟に頭を垂れる私。

 緊張から声が震えてしまったが、少女は私達の事など、さほど興味が無いのか『そう……』と、答えながら、女性達が消えて行った方向を見つめている。


 『あぁ、それと、あの女性は、コグモと言って、パパの妻では有りませんので』

 

 (……パパ?あの女性と言うのは、精霊様を担いでいった女性だよな?では、精霊様は男性?それと、やはり、精霊様の娘なのか?)

 

 きっと、彼女には精霊様同様に、こちらの思考が読み取れているのだろうが、こちらの疑問に返答してくれることは無い。

 ただひたすらに、『荷物の一部を牙獣の背へ』『娘さんは貴方が担いであげなさい』と、脚を進めるための準備指示をテキパキと飛ばしてきた。


 『……どう?まだ遠いけど、歩けそう?』

 娘と荷物を背負う俺を気遣った。と言うよりかは、現状を確認するだけの、冷たい声に聞こえる。

 

 「は、はい。何とか……」

 その見た目は幼いにも関わらず、精霊様とは違う、その大人びた雰囲気に、私は戸惑う。


 『まぁ、私はパパ程、優しくはないから……。その辺り、覚えておいて頂戴ね』

 その事実は言われなくとも、犇々ひしひしと感じていた。


 『そもそも、私は、貴方たちの村を襲う気だったのよ。森の奥には化け物がわんさかいるし、それも、段々、森の奥から生息域を広げてるみたいで……。

 その点、人間の村を襲って食料にするのは、住処の確保と言う意味でも優れた作戦だと思ったのだけれどね……』

 

 『パパさえ、いなければねぇ』と、心底残念そうに呟く彼女。


 『今、村が存在しているのは、パパが村にいてくれたから』

 少女が囁く様に語り掛けて来る。


 そうなると、精霊様は本当の意味で救世主であった事が分かった。

 もう既に、村は救われていたのである。


 そして、彼女達がその気になれば、私や娘の命は勿論、村ですら一瞬で滅びてしまう。そんな確証があった。

 

 『駄目ね、敵意の一つでも向けてくれたら良かったのに……』

 口をつぐんで俯く事しかできない私に、詰まらなそうな態度を示す少女。

 敵意を向けていたらどうした居たのかなんて、聞きたくもなかった。


 『あら。そんな釣れない事、言わないで頂戴。

 ……そうね、まずは鬼ごっこを楽しんで、運動した後に、貴方の背中に乗っている、柔らかくて美味しそうなお肉から頂こうかしら。

 あぁ、貴方の体を操って、バラさせるというパフォーマンスもありね!』

 楽しそうに語る少女を前に、私は奥歯をギュッと噛み締める。


 『……そう。それなら、精々、私達に食われない様に、パパの役に立つことね』

 それ以降、彼女は、本当に私達から興味を失ったのか、無言で進み続ける。


 『着いたわ』

 次に、彼女が口を開いたのは、森の中、大木を中心に拓けた空間へ出た際だった。


 そこには、木と木の間に天幕が張られ、その下では森の民や、巨大な毒虫、人に似た獣等、様々な生物が闊歩している。


 『あぁ、そうそう、貴方の記憶はパパから読めない様にしておくわ。不都合な点があるでしょうし。"お互いにね"』

 異様な風景に驚く私に、少女が囁いて来た。

 詰まる所、彼女が今までの様な発言をしていた事が、精霊様にバレると不味いのだろう。


 この場で、私達が生き延びて行くには、本当の意味で精霊様の加護を貰い続けなければならない。

 それがなくなれば、今、視界に写る誰よりも小さな少女にすら、私達は食い殺されてしまうのだから。


 『それじゃあ、私達の言葉……。は困るから、文字だけでも、その脳に焼き付けましょうか』


 (文字を頭に焼き付ける?)

 嫌な予感しかしない。


 『死なないでね』

 少女が初めて私に対して笑いかけた。

 たまに村に立ち寄る商人の嘲笑ちょうしょう等、可愛く思える程の、冷酷で、嗜虐的な笑み。


 「あ、あがぁぁあああああ!!!!」

 瞬間、頭をぐちゃぐちゃに弄られる様な激痛と共に、私は意識を失った。

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