第224話
「………あ、大丈夫です。糸は確認できました」
私の言葉を聞いて、コグモさんもホッとしたのか、溜息を吐いていた。
ここまで彼女を心配させたり、怒らせたりできるのは、パパだけである。
そこの所、パパは理解したほうが良いとは思うが……。
(ま、敵に塩を送るなんて事、する気はないし、私から言う事は無いですけどねぇ~)
私は二人に糸をしっかりと接続させると、ここ数日の記憶を探り、現状を把握する。
(ふむふむ。成程ね……。まぁ、パパが言っていた事と大差ないかな?)
正直、パパの話はあまり聞いていなかったが、これなら問題なさそうだ。
「こちらは何とかなりそうですが……。コグモさん達はどうするおつもりで?
このまま、ファーストの背に乗っていてもらえば、一緒に帰れますけど……」
まぁ、コグモさんの体勢を見るに、更々、そんな気がない事には気づいていたが、聞くだけ聞いてみる。
「そうですね。それも良いのですが、私は少し、ルリ様とお話があるので……」
あまり浮かない笑顔で答えるコグモさん。
あの様子だと、ただの御説教とは行かないだろう。
多分、真面目な話だ。思いつく辺りでは、今後の食糧問題に関してだろうが、その話をする以上、パパが傷つかない方法なんてない。コグモさんだって、傷つくパパを見たはくない。
……でも、絶対に誰かがしないといけない話だ。
望もうと、望まなかろうと、パパを中心に皆が集まって暮らしている以上、パパはこの群れのリーダーなのだから。
(こうならない様に、リーダー不在の内に、事を進めたかったんだけどな……)
勿論、リーダー不在の内に事を進めるのは良く無いが、正直、うちのリーダーは頭の中まで可愛い色に染まっていて……。
今までの実質的リーダーも、コグモさんとリミア(今はリミアの代わりに私だが)、後は、独立した形でウサギさんが行っていた訳で。
今回はその三人にゴブスケさんが加わり、会議を開いた結果、全員一致で人間の村を襲撃する事になったのだ。
正直、平和派のゴブスケさんと、パパを送り出したウサギさんが首を縦に振ったのは意外だった。
しかし、話を聞いてみれば、ゴブスケさんの集落は私達よりも大所帯。食料に困って四の五の言ってられなくなって来たらしい。
それに、人間を食べるのも、初めてじゃないらしいし……。
ウサギさんに関しては、最後まで難しい顔をして、口を開かなかった。
会議中も、コグモさんと数回アイコンタクトを取った後、賛成だという事だけを告げると、すぐに居なくなってしまった。
その為、彼の真意は分からないが、食糧難が主な原因である事は確かだろう。
(糸を通して意識を読んじゃえば、分かるんだろうけど、あの人も、コグモさんと同じで、勘が良い所があるからなぁ……)
あまり良く無い空気の中、意識を読んだ事がバレて、さらに気まずくなる様な事態だけは避けたかった。
「では、私達はこれで。どうか、油断だけはしないでくださいね?」
先程までの暗い雰囲気は無く、私が大敗を決した、先の戦いを茶化してくるコグモさん。
まぁ、要するに、こちらには気を遣うなという事だろう。
(あ~あ。コグモさん相手だと、ちゃんと振舞っているつもりなのに、いつも子ども扱いですからねぇ~……)
「ふん!茶化してないで、早く行ってください!糸を通した生物相手なら、いくら私でも、遅れは取りませんよ」
私は、コグモさんの生んだ空気に乗っかって、そっぽを向く。
実際、私がコグモさんに勝てる事など、精々、この特殊な糸の扱い程度。
知略でも、肉体的な強さは言うまでも無く、精神的な強さでさえ負けている。
彼女が任せろと言うなら、それに従う他なかった。
コツコツコツ。
彼女の装甲がぶつかり合う音に視線を戻せば、すぐ目の前にコグモさんの姿が……。
「……お利巧さんね」
何事かと固まっていた私の頭を、パパを担いでいない方の手を使って撫でて来る。
それは、本当に優しい笑みで……。
「もう!子ども扱いしすぎです!」
「ふふふふっ……」
私がその手を払おうとすると、彼女は、パパを担いだまま、バク転の要領で、一回転し、私から距離を取った後、バックステップをしながら、最後まで、その憎たらしい笑みをこちらに向けて、森の中へと消えていった。
「……ムカつく」
私は、まだコグモさんの触れた感触が残る頭頂部を、なぞる様にして触れながら、無意識にそう呟いていた。
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