第223話
「では、勝利のキスを……」
「あっ……」
意識を失ったパパに、私の前で、これ見よがしに口づけをするコグモさん。
それも、マウス・トウ・マウスで、唾液が零れてしまう様な、ディーブな奴を……。
「あぅっ……」
唇どころか、その舌でパパの口内を貪っている事が、直感で分かる。
息を吸うように、少し口を離しては角度を変え、余す所のない様に、再び貪る。
(私だって!私だってしたいのにっ!!)
私は、その姿を、指を咥えて見ている事しかできない。
と、気付けば、少しづつ、人形のように固まっていたパパの体が、だらりと、力なく、垂れ下がり始める。
それと同時に、硬直した体からは、白い液が流れ出し始めていた。
「……さて、と、こんな物でしょうか?」
パパの唇からその口を離した際、糸を引くように、二人の口元から垂れていた白濁とした液を拭き取るコグモさん。
「これで、ルリ様の中に残った私の粘着糸は溶解しました。昔は射出口で凝固した糸を溶かす分程度でしか分泌出来なかったので、これもかなりの成長ですね」
成程。どうやら、コグモさんは、その口から、自身の粘着糸のみを溶かす溶解液を流し込んでいたらしい。
「……それって、口でする必要ありました?」
私がジト目で問いかけると、コグモさんは「それは、勿論」と、続ける。
「粘着液や糸を射出するのは、大体、どこからでもできますが、溶解液を流し込んで、それを回収できるのは、口ぐらいな物です。
それに、同じく糸で体を形作っているクリア様なら分かると思いますが、糸の生成には体力と時間を使いますし、回収できるなら、極力、回収していきたいじゃないですか」
うっとりとしたまま、満足そうに舌舐めずりをするコグモさん。
……彼女の言う事は、確かに正しい。
確かに正しいのだが、あからさまに他の意図が混ざっているのと言うのが分かるのに、反論の余地がなさ過ぎて、イライラするっ!
そんな私を見たコグモさんは、一瞬こちらに微笑みかける。
私は嫌な予感がしたが、それは見事に的中し、「それにこれも、勝者の特権ですしね」と言って、パパと無意味なキスをし、さらに私を煽った。
(うううっ……。私のなのに……。パパは私のなのにっ……)
拳をキュッと握り、俯くも、だんだん感情を抑えきれなくなってきた私。
「……っと、ルリ様へのお仕置は、この辺りまでにしておきましょうか」
それを見たコグモさんは、すっとパパから離れる。
本当に、相手のギリギリを見極めるのが上手い人だ。
しかし、それを悪用していては、その内、誰かの恨みを買って、絶対に、背中を刺されるだろう。
まぁ、現状、強いてその候補を上げるとすれば、主に私とか、私とか、私とか……。
しかし、頭の中で、どうシミュレーションをしても、コグモさんに一太刀浴びせられるビジョンが浮かばなかった。
それに、糸を繋いでいないと、相手の内心を探れない私達とは雲泥の差。
その点も認めざるを得ない。
「全く、その、クリア様の冷静さを、少しでもルリ様に分けてあげたいものです」
私は何も言っていないのだが。
そして、その、冷静を保てるギリギリのラインを突いて来たのは、貴方なのですが。
「ふん。何を言っているんですか。パパのそう言う、お馬鹿で、熱い所も魅力の一つじゃないですか。
本質が虫な私達じゃ、どこまで行っても冷血で、いくら人間ごっこをした所で、結局、最後には生存本能に逆らえないんですから……」
コグモさんは私の言葉を聞いて、微笑みながらも、少し悲しそうに「そうね」と、答えた。
きっと、彼女にも思う所があるのだろう。
「……まぁ、いくら命の危険にさらされても、野生に戻れないのは、ある意味、病気。人間病かもしれないですけどね」
私は、やれやれと言った様に、首を振る。
「ふふふっ……。もしかして慰めてくれているんですか?」
優しく微笑むコグモさん。
「そう思っているなら、口に出さない方がいいですよ?」
私は眉をしかめて、コグモさんに注意する。
まぁ、彼女はそれを分かって、口に出しているのだろうが、毎回、揶揄われる側としては、嫌味の一つでも言わないと、やっていられない。
勿論、その反論すら予想しているであろう彼女にはノーダメージだろうし、それを理解してしまっている私には、そんな事をした所で、ただの自己満足にすらなりえないのだが。
「そうですね。これ以上、クリア様に嫌われる訳にもいかないですし、今回はこの辺りにしておきましょうか」
そう言って、パパを担ぎ上げるクリアさん。
「そこの二人は、お願いして良いですか?流石のルリ様でも、糸も入れずに、人間を私達の拠点に誘うなんて事はしないでしょうし、糸を入れてあるのであれば、クリア様の方が向いているでしょうから……」
確かにそうだ。流石のパパでも、人間だからと言って、強い生物を私達の拠点に招き入れるはずがない……。
「…………」
……無いよね?
私はコグモさんの方へ視線をやるが、彼女も断言ができないのか、苦笑している。
私は恐る恐る、オオカミの上から、気絶した少女と、その少女を心配そうに見守るおじさんへと糸を伸ばした。
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