第222話
「お、大きくなったな……。それと、少し、ゴツゴツして……。カッコ良くなったか?」
コツコツコツ。
パパの声を無視して、笑顔で歩みを進めるコグモさん。
彼女の体は、顔を除いて、指先一つまで、黒い装甲の様な外殻を纏っており、その身長は、成長して帰ってきたパパの倍近くはある。
(パパ……。それ、誉め言葉のつもりかもしれないけど、女性に掛ける誉め言葉としては、最低だよ?)
それに、パパは知らないだろうが、コグモさんもこの姿を好んではいない。
と言うのも、普段、被っている皮膚や、メイド服は、リミアから与えられたもの。
コグモは、彼女をライバル視しながらも、命の恩人だと言う面では、常に敬意を払っている。
そんな人から与えられた外装以外を纏う事、そして、パパが好きだと言ってくれた容姿を変えてしまう事を、彼女は恐れ、嫌っていたのだ。
勿論、彼女が姿を変えて、この方、その内心を表に出すことは無かった。
しかし、私には、パパと同じ能力がある。
勝手に気を回して、コグモさんのいらぬ内心を探ってしまった私は、その事を黙っていたのだが、察しの良い彼女にはすぐにバレてしまった。
しかし、その事について特に責められる事もなく、公言しない事だけをお願いされた為、私はそれ以来、その事については触れないようにしていた。
可愛らしさと、信念を捨ててまで、皆のために頑張ってくれているコグモさん。
それ程、今の状況は厳しいと言うのに、パパときたら、また新しい厄介事を抱え込んで来て、挙句の果てに、コグモさんに掛ける第一声がそれとは……。
私は、頭を抱えつつ、二人を見守る。
「コ、コグモ……?」
パパは、その威圧にも似た沈黙と笑みに、表情を強張らせて、数歩後退る。
しかし、それを見たコグモさんは、速足の要領で加速し、さらに距離を詰めて来た。
「な、なんだ?どうしたんだ?勝手に、人間の村に行った事を怒ってるのか?それとも、連絡も無しに、数日家を空けた事を……」
と、そこで、パパの頭は、コグモさんの片手により、鷲掴みにされる。
「ええっと……。コグモさん?前が見えないんですが……」
そんな当然の事を口に出す程、
パパはどうしたら良いのか分からずに、されるがまま、重力によって、体をだらりと垂れ下らせて、硬直していた。
正直、私も、コグモさんが何を考えているのか、分からなくて怖い。
「……軽いですね♪」
コグモさんが初めて口を開く。
「そ、そうか?まぁ、保存食の体液さえ抜ければ、ただの糸だからな!」
やっと口を開いてくれたコグモさんに、安堵したのか、パパは宙に体を持ち上げられている事など、気にもせず、話し始めた。
きっと、こんな状況には慣れっこなのだろう。
コグモさんが過激なのか、コグモさんを怒らせるパパが悪いのか……。
実際の所、人間としての記憶がある私には、非常にシュールな光景だが、糸で出来ているパパに、痛みや、肺呼吸なんて言う概念は無いので、何の問題も無いのだろう。
「って、あれ……?いた、い……?痛い。いたい、イタイイタイイタイ!!!!」
突然、宙に浮く足をバタつかせ、必死に両手で、コグモさんの手を振りほどこうとするパパ。
「ふふふっ……。そうでしょう?私、感情までは読み取れませんが、一方的に糸を通して、相手の神経に信号を送れるようになったので」
コグモさんが、自身の成長を誇らしげに語る中、叫びにならない叫びを上げ、狂った様に中で暴れ続けるパパ。
「元々、兄弟に貪られた体を、リミアお嬢様の糸で補完して貰っていた御蔭で、成長と共に、体の一部として、お嬢様たちと同じ糸をある程度、操れる様にはなっていたんですよ……。
ほら、他の生物の感覚器官を使えたのが良い例では無いですか?」
パパは、はしたなくも、両足までもを使って、全力で、コグモさんの手を引きはがしに行く。
多分、もしかしなくとも、コグモさんの声は、一切その耳には届いていないだろう。
「パパ?体の形を変えて逃げれば良いんじゃない?」
私は、コグモさんの様子を窺いつつも、パパがあまりにも不憫で、声を掛ける。
流石に、痛みで正気を失い、その神経の一部を乗っ取られていたとしても、それだけ体が動かせる程度の支配力であれば、体を崩すなど、訳無い筈だ。
「ふふふっ。クリア様、残念です。確かに、私の拙い神経操作だけでは、ルリ様に逃げられてしまいますが、私の粘着糸の原液をルリ様の中に流し込んでいますので、空気に触れた外側から固まって……。体の形状を変えられないと、逃げる事すらできないですよね?」
(左様ですか……)
再び、返事が返ってこないと分かっているパパへ話しかけるコグモさん。
流石に、あの間に入る気にはなれない。
(しかし、そうですね。普段も、パパは、コグモさんのベトベトな糸を警戒している節がありましたし……。これは、パパの新しい弱点として、脳内に記録しておかなければ)
これは敵対する生物を相手にする時に、役に立つ情報だ。
それに何より、私がパパを攻める時に使えるっ!
「私、頑張ったんですよ?それは、まぁ、ルリ様の体を食した後に、私の体内に残ったルリ様の糸で、なんとか、二人の愛の結晶を作れないかと、試していたのが、主な要因という事は認めますが……」
そう言いながら、私に視線を向けるコグモさん。
どうやら、その言葉は、パパに対する愛情を示すと共に、私への威圧であるようだった。
ピクピクと動くだけとなったパパを片手に、優位性をひけらかす様な視線を送って来るコグモさん。
(うっ……!確かに、二人の行為と、一途な想いと、お互いの肉体を合わせた技なんて、とてもじゃないけど、今の私には太刀打ちできないっ……!)
私は冷や汗を垂らしながら、思わず、後退る。
(パパがいない所では、あんなに大人びているから、油断しました……)
睨みあう私達。
きっと、これは、以前私がした、宣戦布告への返答なのだろう。
「……分かりました。お互い仲間たちに迷惑を掛けない範囲で」
「フェアな……。とは行きませんが、姑息な手は無しで行きましょうね?」
コグモさんはそう言い終えると、手を離した事により地面に転がったパパの上に腰かけ、その体を撫でる。
……勝者の余裕だ。
「クッ……!」
知らず知らずのうちに始まっていた、私達の戦い。
その初戦は、油断していた私の大敗にて、雌雄を決っした。
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