第221話

 (後は、パパの返答次第……)

 私は、平静を装いながらも、固唾かたずを呑んで、パパの発言に注目する。

 

 「でも、それは……」

 口を開いたパパは、一瞬、言い訳を始めるかと思ったのだが、直ぐに「いや、そうだな……」と、考え直した様に呟く。


 「確かに、クリアの言う通りだ。俺もクリアが連絡も無く、1日でも帰って来なかったら、死ぬ程、心配するからな」

 真剣な顔でこちらを見つめて来るパパ。


 「え……?あ、うん……」

 思いも寄らない所で名前の出た私は、その真剣な瞳に飲み込まれそうになって、慌てて視線を逸らす。


 (急に、そう言うのって反則じゃない?!まぁ、私が子どもだからって言うのが原因なのは分かるけど……。それでも、急に真剣な顔で、そう言うこと言うのは反則!)

 私は自分でも顔が赤くなるのを感じながら、コグモさんの方をチラ見する。


 (……動かない。まだ様子見なのかな?)

 と、なると、私が、もっと、パパから言葉を引き出さないといけないと言う訳で……。


 「そ、それじゃあ、帰ったら、みんなに言わなきゃ行けない事があるよね?」

 未だ、赤みを帯びているであろう、顔の事は忘れて、お説教をする様に、パパへ話を振る。


 「そうだな……。皆んなには、ちゃんと謝らないとな……」

 シュンとするパパ。

 そんなパパには悪いが、そんな姿はそんな姿で、ギュッとしてしまいたくなる可愛いさが有ると、私は思う。


 (いや、恋人なら、絶対にギュッとしてたわ……!あぁ、いつになったら、私はパパの恋人に……)

 と、そんなこと考えている場合ではない。


 (でも、これで、コグモさんの怒りも幾分か収まるはず……)

 確認の為、彼女に視線を遣れば、伸ばしていた手を戻し、撤退の準備を始めていた。

 このまま帰って、家で自然に出迎える気なのかも知れない。


 (ふぅ……)

 これで、取り敢えずの危機は去った。

 

 (全く!この出来た娘に感謝しなさいよね!パパ!)

 本当は声に出して言ってやりたいのだが、コグモさんの手前、それは出来ない。


 (あーあ。早く撤退してくれないかな、コグモさん。コグモさんさえ居なくなれば、パパと二人で、ゆっくりと帰れるのに……)


 「でも、聞いてくれよ!今回の成果を!」

 と、そこで、パパが余計な口を開き、コグモさんの動きが止まった。


 「う、うん。それは帰り道でゆっくり……。ううん!何でもない!聞かせて聞かせて!」

 コグモさんが不審な動きを取り始めたので、私はパパの話に食い付かざるを得なかった。


 「そうだな……。まずは、かなり条件は絞られるけど、さっきみたいに、人間の体で自由に動き回れる様になったんだ!もっと慣らせば、条件が緩くなって、その内、人間以外でも操れる様になるかもな!」

 子どもの様に、はしゃぐパパ。


 「壊れる事を気にしなければ、100%に近い力を出せるんだぞ!」とか。

 「死体を操れる様になれば、そんな力が、死体を集めるだけで使いたい放題だぞ!」とか。


 それはもう、楽しそうに、目を輝かしながら語るので、私は「うんうん」と頷きながら、終始、その頭を撫でたいと言う欲求と戦っていた。

 

 「……話、聞いてるか?」

 余りに適当に返事を返し過ぎたのか、訝しむ様に、こちらを見るパパ。


 「うん!聞いてるよ!このまま頑張れば、死者のマリオネット軍団なんかも夢じゃないね!」

 正直、自身の欲求を抑えるので精一杯であった為、余り話は聞いていなかったが、記憶の断片から、さも、聞いていたかの様に、適当な言葉を紡ぐ。


 それを聞いたパパは「成る程、そういう手もあるか……」と、真面目に考え始めてしまった。

 

 (んーー!娘に弄ばれるバカさ加減!可愛い!可愛すぎる!)

 これまた、パパの魅力の一つだ。

 もはや、欠点まで魅力に変えてしまうのは反則だと思う。

 

 「……っと、違う違う。今は、今回の成果の話だったよな……。

 俺が新しい技能を身に着けた以外には、人間の村の情報と、そこで、守り神様的な存在と勘違いされて、そこの二人と、使えそうな道具を貰った事ぐらい……」

 と、そこまで語り終えたパパは、何かを思い出したかの様に「あ」と、呟いた。


 「そうだ……。俺、村人達に危険な獣を退治して、その肉を分けるって約束してるんだった……」

 

 (あ~……)

 こちらも食べ物で困っているのと言うのに、その交換条件は、完全にアウトだ。

 正直、人間の村を襲って、皆食料にしてしまえば、全て解決するのだろうが、それをパパの前で口に出すのは、はばかられる。


 「どうすれば良いんだ……」

 項垂れるパパ。


 私も、考えに考え抜いた末、人間食糧化計画へ行きついたのだ。

 それ以外の道を考え直すとなると、すぐに良い案が浮かんで来るとは思えない。


 コツコツコツ。

 そんな私達を見て、コグモさんが、ワザとらしく、足音を立てながら、こちらへ向かってきた。

 

 「あ……。コグモ……」

 その音に釣られて振り返ったパパは、小さく呟いた。


 その声は、怯えた様な、申し訳なさそうな、それでいて、篭った期待が隠し切れないような……。

 パパの表情を見なくとも、複雑な心境が感じ取れる、弱々しい声だった。

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