第220話

 「そう……、だな……。これだけ居たら、食糧が無いもんな……」

 パパは、大勢のオオカミを前に、驚いたまま固まっている。

 多分、固まったまま、どうするべきか考えている。

 どうすれば、人間も、仲間も犠牲にせず、食糧を得られるかを。

 

 それは、パパの良い所。

 誰にでも優しい、仲間の皆が大好きな、パパだ。


 (……でも、それだけは無理だよパパ)

 何も犠牲にしないなんて無理だ。

 いつも、それについて頭を悩ませているパパは、痛い程、現実を分かっている。


 分かっていて、尚、頭を悩ませるのも、パパの魅力なのだが、好いている人が、必要以上に苦悩する姿を見て、喜ぶ者は、少なくとも、家の仲間達にはいない。

 

 だから、だからこそ、パパのいない間に、取り返しの付かない場面まで、事を進めてしまい、全て、私達のせいにしてしまえば良いと考えた。


 それでも、パパは自分を責めるだろうが、自身が決定するしかない決議に参加し、それによって犠牲が出るよりも、幾分かは、パパの精神的負担も少ないだろう。

 ……そうやって、少しづつ、慣れてもらうしかないのだ。


 (まぁ、今回は、失敗だったけどね……)

 誰も、パパが、こんなタイミングで、森の中に、人を連れているだなんて思わない。

 仕方のない事だった。


 (流石に、パパを目の前に、人間の村を襲いに行く訳には行かないし、少なくとも、今回は撤退かな……)

 私は、未だに固まるパパを横目に、ファーストへ撤退の信号を送る。


 「わぅっ」

 獲物にありつけると思っていたファーストは、顔を上げ、小さく不満の声を漏らす。


 しかし、こればかりは譲れないので、私は『ごめんねぇ……』と、信号を送りながら、その頭を撫でて、宥める。


 「ふわぅ……」

 仕方が無いと言った風に、項垂れるファースト。

 

 そうと決まればと、すぐに気持ちを切り替えたのか、リーダーの顔になったファーストが、「ワォーン!」と、遠吠えをする。


 ガサガサガサ……。

 瞬間、ファーストを除く、皆が私達の住む拠点へと撤退を始めた。

 この様子だと、念の為に散らばっていた仲間達も、遠吠えを聴き、撤退を始めてくれているだろう。


 『ありがと』

 私は、改めて、頭の毛をワシャワシャと撫でながら、感謝を伝える。


 すると、ファーストは小さく鼻を鳴らしながら『仕方のない事だ』と、返してくれた。


 そのやり取りを見ていたパパは、私が気を回した事に気が付いたのか、申し訳なさそうに苦笑する。

 

 パパは、私達が無断で行おうとした事を責めない。

 だから、私も、襲撃を行い直す可能性については、言及しない。


 (まぁ、人間なら、冬になっても住む場所を変えないし、パパが帰ってきた今なら、もう少し、切羽詰まってからでも良いかな)


 と、そんな事を考えていた私の前。

 パパの背後に、今回の襲撃の立役者が、木の上から、糸を伝って、静かに降り立った。


 パパの背後で、静かに笑うコグモさん。

 彼女の様子を確認しながら、彼女の怒りを鎮める、最適な話を考える。


 「……あ~……。あのね、パパ?」

 彼女の笑顔に気圧され、私はパパと、その背後にいるコグモさんから目を逸らす様にして、声を掛けた。


 「ん?なんだ?」

 何も知らないパパが、顔を背ける私を見て、不思議そうに返してくる。

 その魔の手は、すぐ後ろにまで、迫っていると言うのに……。


 「今回は何も無かったから良かったけど、数日間、連絡も無しに、家を出るのは、みんなを心配させるから、良くないかなぁ……。って」


 私の発言聞いて、パパの肩に伸ばす手を止めたコグモさん。


 私の狙い通り、コグモさんは、自然体のパパが、その問いにどう答えるのか、気にしたのだろう。


 何処まで行っても冷静な、コグモさんの大人らしさを突いた作戦。

 どうやら、その初動は、上手く、彼女に刺さってくれたようだった。

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