第218話

 「あ!避けて!」

 俺が呆けていると、クリアの声に合わせて、オオカミが横に飛ぶ。


 「このっ!」

 瞬間、後ろから、道具の一つであったくわを振り下ろす、シェイクさんが……。


 「大丈夫か?!ケガは?!」

 彼はオオカミの事など気にせず、こちらに駆け寄って来る。

 その顔に、一切の笑顔は無く、俺が、精霊だと言う事も忘れているのか、真剣そのものだった。


 俺以上に慌てている彼を見ていると、なんだか、こちらは冷静になって来て……。

 (あ、あぁ……。なんとなく状況が掴めて来たぞ……)


 「取り合えず……」

 「っ……!何をする!」

 俺は、焦るシェイクさんの頭にデコピンを飛ばす。


 「何を捨てても、娘を助けに来る姿勢は、満点。でも、その後の対応が御座なり。それじゃあ、助かるものも助からない。マイナス100点」


 「えっ……?あ、あぁ……」

 俺の澄ました態度を見て、異変を感じたのか、辺りを見回すシェイクさん。

 そして、一向に襲ってこない、オオカミを見て、再び、俺の方へと向き返った。


 「……私は、試された居たのか?」

 呆けた様な顔をするシェイクさんに「そうだ」と、嘘の真実を告げてやれば、彼は、燃え尽きたと言わんばかりに、その場で崩れ落ちた。

 

 (……ふぅ、これで、こちらは穏便に話が済みそうだな……)

 後に残るは……。


 「悪い、クリア。これは、一体どういう状況なんだ?」

 俺は、俺達の言語で、クリアの乗っていたオオカミの方へと声を掛ける。

 この言語であれば、シェイクに、この状況が、予定外の物であると、気取られずに済むだろう。


 「どうもこうも、それはこっちのセリフだよ!」

 子どもらしく頬を膨らませるクリア。

 あぁ、そうか、違和感の正体は……。


 「クリア……。お前……」

 俺は、ミルの肩から飛び上がると、勢いそのまま、クリアの下まで駆け寄った。

 

 「お?流石パパ、もう気がついてくれた……?私頑張ったんだよ!ほら!こうやって、って、ちょ、やめ、ひゃめて……」

 ニコリと笑うクリアの顔に、思わず手が伸びてしまう。

 顔を触られ続けるクリアは、拒絶を口にしたが、顔は満更でもないようだった。

 それだけ、努力して、俺に見せたかったのだろう……。


 (うん、確かにクリアだ。クリアが、表情を変えて、感情の籠った声で、スラスラと話してる……)


 それは、ある意味では当たり前の事で、子どもなら、一番最初に、意味のある言葉を覚えるよりも先に、自然と行える事だ。


 それでも、”ソレ”をリミアは殆どできなかった。

 原因は分からない。生まれつき、表に出す感情を、自身でコントロールできてしまったからなのか、俺が、感情という物の表現の仕方を、上手く教えてやれなかったからなのか……。


 色々要因はあるのだろう。

 それでも、一番の要因は、俺が、リミアが生まれてすぐの人格形成時に、彼女を、子どもだと認識してあげられなかった、愛情を与えてやれなかった事。

 誰かを信頼して、頼って、心を表に出すと言う、普通の事をさせてやれなかった事が、一番の原因だと考えている。


 本当は、生まれてすぐ。最初に笑いかけて来た時に、表情は、そう使い物じゃないよ。って、自分を表現する物なんだよ。って、教えてあげなきゃいけなかった。


 そうすれば、信頼関係も築けて、こうも、事がこじれる前に、なんとなくでも、リミアの気持ちを察してあげられたかもしれない。

 彼女が消えてしまいたくなる程、辛い思いをして、こんな事態にはなっていなかったかも知れないのだ。


 ……でも、クリアはこうやって、一人で、感情を表に出してくれる様になった。


 それは勿論、彼女自身が頑張ったと言う点が一番大きい。

 大きいのだろうが、それでも、俺は、あの時の俺より、成長できたのではないか。信頼されているのではないか。今ならもう、リミアが帰って来ても……。


 「……どうしたの?」

 クリアは、俯き、俺が手を止めたのを不審に思ったのか、眉をひそめる。


 俺の中では、リミアに対する、色々な感情が、渦巻いていたが、今、それで、クリアを心配させるのは違う。

 俺の為に、一生懸命、頑張ってくれたクリアに対して、真摯に向き合わないのは、失礼だ。


 「……いや、何でもない。……ありがとう。頑張ったな、クリア」

 俺は、クリアを、その胸に抱きしめる。

 

 「うん……」

 彼女は、何かを察したのか、嬉しそうに、それでいて、俺を労わる様に、静かにそれを受け止めてくれた。


 クリアは、ここにいる。

 ここに、不甲斐ない俺の傍にいて、こんな俺を受け入れてくれている。

 何処にも行かないでくれている……。

 その事実が、何よりも俺を安心させた。

 

 (これじゃぁ、どっちが親だか、分かったもんじゃないな……)

 どうやら、俺が親を名乗るには、まだまだ経験値が足りない様だった。

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