第94話

 「ん……」

 俺の背後で、もぞもぞと動くコグモ。

 どうやら、目を覚ましたらしい。

 

 「起きたか」

 俺はゴブリンにご褒美のご飯を上げながら、訓練を続けていた。

 

 「あれ?……ここは……」

 まだ寝ぼけているのか、目をこすりながら、ゆっくりと辺りを見回すコグモ。

 

 「ここは、天国だよ……。俺とお前は、ゴブリンにやられて、死んじまったんだ……」

 俺は、振り返ると、深刻そうな演技で、コグモの肩を叩く。

 

 「……あのクソウサギはどこですかッ?!」

 俺の渾身の演技をガン無視して、意識を覚醒させたコグモは、今度はせわしなく、辺りを見回した。

 

 「あいつなら、何度かに分けて、ここに肉を運んできた後、逃げる様に去って行ったぞ」

 まぁ、実際逃げたんだろうがな。

 ドMなら、待っていれば良いのに……。


 コグモに無視された俺は、再びゴブリンの方へ振り返ると、訓練を再開する。

 

 「はぁ……。そうですか。今度会ったら、お仕置ですね」

 溜息を吐くと、ひたいに片手を置き、力なく呟くコグモ。

 この子のお仕置は、俺達親子に比べれば、なんだか優しそうだ。

 

 「それにしても、すごいですね……。ゴブリン。ちゃんと言う事、聞いてるじゃないですか」

 肉片を使いながら、数と言う概念を覚えさせていると、コグモが感心したように、ゴブリンを見上げた。

 

 「まぁな……。んでも、こいつら、別に、凶暴って訳でもないし、頭も良いから、多分、俺じゃなくても訓練できるぜ」

 俺は肉片を使った引き算を上手くできたご褒美に、肉を投げる。

 

 「この肉だって、別に奪い取りたきゃ取れるのに、ちゃんとご褒美として得る事を楽しんでるんだ」

 ……利益しか見ない、人間の形をした虫共とは違う。

 こうやって、純粋な物に触れあっていると、心が洗われる様だった。

 

 「そうなんですか……。捕獲する時はかなり暴れましたし、もっと凶暴な種族かと思っていました……」

 大きな体をしながら、子どもの様にはしゃぎ、俺と楽しそうに、ゲーム感覚の勉強をするゴブリン。

 その姿を見て、コグモも考えを改めたらしい。

 

 「まぁ、これだけの知能を有していると個体差も大きいだろうが、少なくともこいつは大丈夫だ」

 他のゴブリンも全てこうだとは限らない為、補足を入れさせて貰いつつも、重ねて、こいつは安全だと言う事を伝える。

 

 「なぁ、こいつ、明日、外に出しちゃダメか?」

 俺の問いに、考え込むコグモ。

 

 「……私は、問題は無いと思いますが、今夜、お嬢様にたずねてみては?」

 妥当なラインに回答を落とし込んでくるコグモ。

 無責任な事を言わない所も、信頼ができる。

 そういう点でも、リミアはコグモを側近にしているのだろう。

 

 「よし!コグモのお墨付きがあれば、大丈夫だな!」

 俺はコグモを言葉で持ち上げると、気合を入れ直す。

 

 「そ、そんなに期待しないでくださいね!」と、念を押してくるコグモも巻き込んで、俺はゴブリンの教育に入れ込んだ。

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