第95話

 「な?お前も、ゴブリンの可愛さが分かっただろ?」

 ゴブリンの部屋からの帰り道、俺はコグモの腕に抱かれながら移動していた。

 

 「まぁ、そうですね……。見た目はあれですが、あそこまで素直に喜んだり、物事を覚えてくれると、充実感がありますね……」

 少し楽しそうに話すコグモ。


「それに、私も、算数やオセロ、覚えられましたし……。明日の訓練もついて行っても、良いですか?」

 コグモは途中から、一緒にゲームと言う名の勉強に参加していて、それなりに楽しめたらしい。

 

 「勉強が楽しいなんて、えらいなぁ……」

 楽しんで学べると言う事は大切な素養だ。

 この子は天才に育つかもしれない!

 

 「そんな事ないですよ。ルリ様の教え方が上手いんですって」

 そうかな?そう言われると、こちらもやる気になってしまう。

 

 「勿論、明日もついてきて良いぞ!と言うより、俺があまりお前から離れたくないしな!」

 栄養的な意味で。

 

 「そ、そうですか……」

 ちょっと恥ずかしそうにするコグモ。

 栄養を吸い取られていると思うと、やはり恥ずかしいのかもしれない。

 ……まぁ、考えてみれば、体目当てだ!って、言ってるようなもんだしな……。

 

 「べ、別に、お前の体だけが目当てじゃないぞ!お前に勉強を教えるのも楽しいんだ!」

 俺は思わずフォローを入れるが「体だけじゃないって、体も……」と、更に声が小さくなるコグモ。


 緊張からか、縮こまるコグモにより、俺は強く抱きしめられた。

 コグモの、緊張したような、激しい鼓動が響いて来る。


 そんなにドキドキされると、こちらの頭まで、茹で上がってしまいそうだった。


 くそっ!だけじゃないなんて言うんじゃなかった!純粋に勉強を教えるのが楽しいと言うべきだったっ!!


 「…………」

 気まずい空気になるが、俺がコグモに抱かれている以上、この空気から逃れる事は出来ない。

 俺は必死に言葉を探した。

 

 「そ、そう言えば、今回は、計算を覚える為に、オセロで枚数を数える勉強をしたが、今度は、戦術を磨くために作られた、将棋なんて言うゲームはどうだ?」

 落ち着かない俺は、全く関係の無い身振り手振りを交えながら、コグモに話しかける。

 

 「戦術……ですか?」

 興味があるのか、聞き返してくるコグモ。

 これは九死に一生を得たと、その話題に切り替える。

 

 「そうだ!戦術だ!決められた場所に、移動、攻撃できる、様々な種類のオセロの駒みたいのがあって、それを、オセロをした様なマス目の上に配置して戦わせるんだ!自分の持っている駒で、敵の大将を倒すと勝ちの、戦場と兵士をどう使うか、考えさせるゲームなんだよ!」


 上手く説明できているかどうかは分からないが、コグモが興味深そうに「おもしろそうですね……」と、呟いてくれたので、まぁ、良しとしよう。

 

 「…………」

 話す事が無くなった。

 先程まで無言でも、気にならなかったと言うのに!!

 

 そうこうしている内に、リミアの部屋の前に到着する。

 

 コンコン。コグモが扉を叩くと、中から「入って、良い」と言う、リミアの返事が返って来た。


 俺は、この気まずい空気に終止符が打てると、安堵の息を吐く。


 「失礼します……。お嬢様。ルリ様をお連れいたしました」

 そう言うコグモに、リミアは歩み寄ってくると「ありがとう」と言って、俺をその腕から引き取った。


 心なしか、俺を手放したコグモの顔は、少し寂しそうに見える。


 「俺からもお礼を言うよ!今日は楽しかった!ありがとな!」

 気のせいだとは思うが、少しでも明るい雰囲気になるよう、俺からも、元気な声でお礼を言った。

 

 「はい。こちらこそ、ありがとうございました」

 お礼に満足したのか、柔らかくなった表情で、深々とお辞儀をしてくる、コグモ。

 

 「では、就寝の準備を……」

 そう言って、水やタオルを運んできたり、ベッドや、リミアの散らかした部屋を綺麗に整えたり……。その動作は手馴れていて、まさに、メイドと言う風格だった。

 

 「まぁ!詳しい事はまた明日な!他にも何か考えておくよ!」

 一連の作業を終え、部屋を後にしようとするコグモの背中。

 俺は寂しさを感じて、声を掛ける。

 

 彼女はそれに笑顔で、小さく手を振って答えると、部屋を後にした。


 

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