第93話

 「右、左、左、左、右……完璧だな!」

 右と左を覚えたゴブリンにご褒美を上げる。

 なんだか、その、糸にじゃれつく姿が、猫に見えて来た。


 ドッドッドッドッド!

 「な、なんだ?」

 何か大きなものが、俺達の部屋の方へ、走ってきている様だった。

 

 まぁ、俺の知らない住人や、ゴブリンのような存在がいるのかもしれない。

 俺は、少し警戒しつつ、出入り口の方を見つめる。

 

 瞬間、暖簾を突き破る勢いで、茶色い何かが飛び込んでくる。


 「ご主人様~~~!!」 

 俺はその茶色い物体を避ける事が出来ず、その、モフモフに埋もれる。

 だが、俺をそう呼ぶのは、ただ一人だ。


 「お前!ウサギか?!」

 俺はその抱擁を抜け出そうと藻掻くが、その体格差と、モフモフから逃れられない。

 

 「そうッス!ご主人様のウサギッス!」

 ウサギが、俺を抱き抱えたまま、二足歩行で立ち上がる。


 「どうッスか?ご主人好みッスか?」

 俺を掴んだ腕を自身からできるだけ遠ざけ、自身の全容を見せてくれる。

 

 「……お前……。なんか、ファンシーな見た目になったな……」

 そう、例えるなら、八頭身にした、子供向けの、ウサギ型人形だ。

 首下から胸下にかけて、サンタクロースの髭の様な、モフモフな胸毛を湛えていて、その他の毛が体のラインに張り付くような、しんなりとした毛並みなので、無駄に、セクシーに見える。

 

 「どうッスか?どうッスか?こう言うの、モデル体型って、言うんッスよね?!」

 自撮りの要領で、俺をカメラのように掲げると、女子が良く上げているような、可愛いポーズを取って、俺に見せつけて来る。

 

 「そ、そうだな……。全体的にすらっとして、身長も高くなったか?」

 俺はその変わりように、なんと返して良いか分からず、質問を質問で返す。

 

 「そうッスね!基本的に二足歩行をして、リミア様から聞いた、ご主人のタイプに近づこうとしていたら、体が伸びたッス!今は、耳まで含めれば、この拠点一の高さッスよ!あ、そこの、ニンゲンモドキは分からないッスけど」


 ニンゲンモドキと言うのは、多分、ゴブリンの事だろう。

 でも、耳まで合わせれば、ギリギリタメを張れる気がする。


 俺の今の身長を1とするなら、ウサギの耳を含まない身長は8だ。 

 デカい、デカすぎる……。まるで、特撮の巨大ヒーローを見上げている様だった。

 

 「今は、このダンジョン?って言うんすかね?まぁ、洞窟の掘削作業員をしてるッス」

 確かに、こいつの大きさに合わせて、穴を掘れば、誰も困らなそうだった。

 

 「……しかし、なんでまた、俺好みになろうとなんて……」

 別に、前のモフモフウサギも嫌いではなかったが、本人が努力したようなので、そこには突っ込まない。

 

 「だ、だって……。ご主人さまに、もっと愛でて欲しかったんッスもん……」

 恥じらうように、もじもじしながら、可愛げに話すが、こいつは男で、ドMだ。騙されてはいけない。

 

 「分かった、分かった……。んで、その後ろの荷物は?」

 俺はウサギが引き摺って来たであろう、袋に視線を向ける。

 

 「あ!あぁ……。そうでした……」

 ウサギは申し訳なさそうに袋を開くと、中には伸びたコグモと、そのペットたち、後は沢山の肉が詰め込まれていた。

 

 「イノシシの肉ッス!美味いッスよ!」

 肉の上でのびている、コグモ達を華麗にスルーした回答。

 

 「いや、コグモ達のこの状況はどうしたんだよ……」

 俺は聞かずにはいられず、突っ込んだ。

 

 「い、いやぁ、僕はいち早くご主人様に会いたいと言うのに、肉と一緒に運んで欲しいって言うもんッスから、つい……」

 オノマトペがあったのなら、テヘペロ♪と言う文字が入りそうな表情で、謝罪するウサギ。

 

 「はぁ……」

 俺は怒る気にもなれず、散って行った、尊い仲間に、黙祷もくとうを捧げた。

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