第91話

 「なぁ、こいつらには、言葉は通じないよな?」

 リミアがゴブリン内部に残したであろう、糸に接続しながら、コグモに話しかける。

 

 「独自の言語の様な物は、多少、持っているようですが……。少なくとも、我々の使っている言葉は通じません」

 

 「そ、そうか……。ありがとう」

 対話で何とか、譲歩を引き出そうとしたが、これで難易度は一気に跳ね上がった。

 

 俺は意識を集中して、相手の欲求を読み取る。

 

 「お腹が減っているみたいだ……。何かないか?」

 俺はコグモに問うと、メイド服のスカートの下をゴソゴソし、「これで良いですか?」と言って、何かの遺体の一部を取り出した。

 

 「いや、それ、あからさまに、お前の部品だった物だよな?!」

 俺は思わず小声で突っ込むと「予備パーツなので、問題ないです!」と、親指をグッと上に立て、元気に返して来た。


 ……それなら良いのか?

 いや、なんか猟奇的だし、勿体もったいない気もする。

 それに、1m近いゴブリンに対して、全長40cmも無さそうな彼女の、それもパーツの一部を与えた所で、大した腹の足しにはならないだろう。

 

 「何か、こいつの腹に溜まりそうな物、取って来てくれないか?」

 俺は、予備パーツを仕舞わせると、代わりにと言って、お願いをする。

 

 「大丈夫ですか?そんなに私が離れても……」

 どうやら、彼女は俺の心配をしてくれるらしい。

 優しい子だ。

 

 「糸は切れると思うが、栄養も、随分ずいぶん、吸い取らせてもらったからな、安静にしてる分には1日以上持つし、大丈夫だと思うぞ?」

 最悪は、このゴブリンの栄養を分けて貰えば良いしな。

 

 「ゴブリンが暴れても、助けられませんよ?」

 それでも、なお、食い下がってくるコグモ。ちょっと心配症らしい。

 

 「大丈夫、大丈夫、最悪、脳を潰して殺すから」

 適当に笑って、説得するが、口に出すと、思ったよりパワーワードだった。


 しかし、食う食われるのこの世界では、それ程、気にする内容でもないのだろう。

 それを聞いたコグモは「そこまで言うなら……」と、言って部屋を出て行ってくれた。

 

 頭が良くて、心配性のコグモは、俺が逃げる心配はしていない様だった。

 コグモに依存していると思わせているとはいえ、少し信頼されているようで、嬉しくなる。


 「と、言う事で、二人っきりな訳だ」

 仁王立ちの俺を睨み続けるゴブリン。

 二人だけになったら暴れ出す。なんて事も考えたが、そんな事はなかった。

 

 もし、暴れ出したら、どうするか?

 普段は殺す勇気の無い俺でも、流石に、皆を守る為なら、本当に殺せる気がする。

 多分、守る対象が俺だけだと、相手の命の重みを感じるが、それより重い皆の命がかかってくると、手を下せるのだと思う。

 

 ……それでも、ギリギリまでは相手の動きを見て、拘束できるようには、していきたいな……。


 殺さないに越したことはない。

 だが、俺の知り合いに、死にはしないまでも、危害が及ぶのは怖い。その時は……殺す。

 それは確かな決意だった。 


 ……そうか。

 俺は、俺の為には殺せないかもしれないが、他人の……、仲間や家族の為なら、相手の命も奪える。


 (優先順位……。これが命の価値って奴か……?)

 今まで、時折、耳にした事はあれど、あまり……、いや、全くと言って良い程、その言葉の意味を考えた事は無かったが。


 少なくとも、俺にとっては、"俺の価値観"では、目の前のこいつと、リミア達の命では、全く釣り合いが取れなかった。 

 ただそれだけの話。

 

 それだけの理由で……、リミアの言葉を借りるなら、"強者"の都合で、価値観で。このゴブリンは命を失うかも知れない。


 ……しかし、それでも。どんな汚い言葉で自身を罵ろうと、リミア達が危険に晒される事を考えれば、きっと、俺は、同じ答えを出すだろう。


 ……少し、命との向き合い方が、分かって来た様な気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る