第85話

 自分で装飾したのであろう、可愛い装飾のついた、豪華なベッドに、俺を抱きかかえたまま、うつむけに飛び込むリミア。


 「ルリ……。やっと、二人っきりになれた」

 優しい笑みだ。

 幸せを感じさせる様な、邪悪を欠片も感じさせない、純粋な笑み。

 

 「リミア……」

 そうか、こいつも喜んでくれているんだ。

 俺なしで暮らしていけるようになったとは言え、やはり、もう会えなくなったと思っていた人に出会えるのは、それだけで嬉しい事だろう。


 リミアの場合は、俺がいない期間、それをちょっとこじらせてしまっただけで、基本は良い奴なんだ。

 俺に、ひどい事なんて、する訳がない。

 

 「ごめんな。リミア。お前を置いて、出て行っちまって……」

 俺に呟きに、ベッドに顔を埋めたリミアは「うん」と、小さく答えた。

 

 「……実は俺、死んだと思ったあの日、意識が戻ったら、お前の頭の中にいたんだ」

 言葉を発さないリミアを気遣って、適当な話をする。

 

 「それでな。お前の成長を見届けて、もう、俺がいらなくなったと思ったから、この人形を借りて、お前から離れたんだ。……俺を思い出さない様に」

 実際は、リミア自身に切り離されたのだが、それを言っては、彼女が傷つくかもしれない。

 時には嘘も大切だ。

 

 「……でも、そうだよな。俺達、家族だもんな。一緒に居るべきだよな……。ごめん」

 謝る俺に、彼女からの返答はない。

 

 「お、怒ってるのか?」

 はからずも、外でのリミアと同じ反応を取ってしまう。

 本当に、似た者同士だ。

 

 「……リミア?」

 俺は、拘束が緩くなったリミアの腕から抜け出し、彼女の体の下から這いだそうとする。

 すると、それがくすぐったかったのか、リミアは寝返りをうって、仰向けになった。

 

 「すぅ……。すぅ……」

 彼女の横顔を見ると、安心しきったような、無防備な顔で、安らかに眠っていた。

 まるで、泣き疲れ、母親の腕の中で眠る、親戚の子どもの様だった。

 

 「……ごめんな」

 俺は小さな体で、その頬を撫でる。

 俺が、どんなに情けなくて、弱い存在でも、こいつにとっての親は、俺だけなのだ。


 この子は確かに、一人で生きていけるほど、強くなったかもしれない。

 それでも、俺が生きている内は、リミアが必死に手を差し伸べて来る内は、しっかり、その手を握ってやるべきだった。

 

 ……多分。母さんも、俺の死体を見た時、そう思ったに違いない。

 あの人は、本当に、優しい人だったからな……。

 

 俺も母さんの様になれるだろうか?

 いや、優しすぎるが故に、母さんが失敗したと思う部分を直して、母さん以上の存在になって行こう。


 俺は、安らかに眠る彼女の手を取ると、目を瞑った。

 彼女の規則正しい寝息が聞こえる。


 ……俺も、母さんに、もう少し甘えられていれば、違う結末があったのかもしれないな……。

 

 コグモの言う通り、家族水入らず。と言う物も、案外、悪くないかもしれない。

 リミアの静かな鼓動を感じていると、そう思えた。

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