第84話

 木の根元、撥水性はっすいせいのあるリミアの糸で編み込んだ、ひさしの下、雨が降っても、水が入らない様にと、段が作られ、その上に、大きな穴が見えた。

 

 「目の前に見えますのが、我が家の入り口です。木の中をくり抜いてできた上階部分が、私とお嬢様の部屋。土の中は大ムカデと、その他、下級兵の部屋です。コトリだけは、木の上に一人、巣を作って暮らしています」

 いつの間にか俺達の脇を歩いていたコグモが、説明してくれる。

 大ムカデはあの穴から出て来ていたので、中は相当に広いはずだ。

 

 「………なるほどなぁ」

 リミアは幸せそうに、俺の頭を撫で続けている。

 ……大人しくしてれば、可愛い奴なんだけどな。

 

 「ここが入り口ホールです。地面は本来土ですが、お嬢様の撥水性の糸により、塗り固めてありますので、水が染み込んできたり、汚れる事はありません。この加工は、巣全体に、満遍まんべんなくほどこされています」

 全自動で歩くリミアに付き添う形でコグモが案内をしてくれた。


 案内できる事がほこらしいのか、子どもの様に得意げな顔をするコグモ。

 しかし、その下では一生懸命に、リミアの歩幅に置いて行かれない様、小刻みに足を動かす姿が、また可愛らしかった。

 

 「地下への道は広いんだな……」

 俺は、リミアに上階へ連れ去られる途中に見た、洞窟のような穴を見て、呟いた。


 因みに、上階への階段はなく、吹き抜ける様に、空洞が上の方にまで続いていた。

 リミアとコグモは、その吹き抜け上部に存在する突起に向かって、糸を射出して、巻き上げる事で登って行く。

 糸を使えない俺たち以外は、登れない構造だった。

 

 「今、地下は改装中でして、二足歩行のウサギが穴を広く深く掘り進めてくれています」

 二足歩行の、穴掘るウサギ……?


 「それって、あれか?!ドMなウサギか?!」

 俺は思わず食いつくが、変な言葉を教えられていないコグモは「ドMって、なんですか?」と、純粋な瞳で聞き返してくる。

 

 「あ、あぁ、何でもない。俺の関係者か、知りたかっただけだ」

 俺は適当な返事を返すと、答えをはぐらかした。

 それに、少し、気に入らない様な表情をするも、特に言及はしてこないコグモ。

 

 「あ、でも、知り合いではあると思いますよ。ルリ様の正確な情報を仕入れたのはあの方からでしたし……」

 ふむふむ、つまり、現状、俺がここで捕まっている主な原因はあいつにあると……。

 見かけたら、一杯ご褒美を上げないとな。

 

 「ルリ様……。お嬢様と同じ顔になってますよ……」

 可愛い顔を近づけ、耳打ちするように教えてくれるコグモ。

 俺はハッとなり、表情を戻した。

 

 「悪い悪い。助かった………。んで、俺はこれからどうなるんだ?」

 木の廊下を歩いてしばらく、立ち止ったリミアが扉の前で、俺は呟く。

 

 「さぁ……?」

 コグモは本当に分からないと言った風に、小首をかしげると、その扉を開けた。

 リミアは当然の様に、その扉の中へ入って行く。

 どうやら、ここがリミアの部屋らしい。

 

 「では、家族水入らずで、ごゆっくり」

 ギィィィィ。

 悪意のない笑顔で、コグモがゆっくりと扉を閉める。


 行かないでくれ!そう言いたかったが、彼女がここにいた所で、犠牲者が増えるだけだ。

 純粋なあの子には、純粋なままでいて欲しい……。

 

 そんな俺の願いを乗せて……。


 バタン。

 外界への扉は固く閉ざされた。

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