第83話

 「あぁ、ルリ。本当に生きてた……」

 天使の様なリミアが、天からゆっくりと、俺の方へ舞い降りてきた。

 俺は大ムカデの言う通り、逃げ出そうとする。逃げ出そうとしているはずなのに、体が動かない。

 

 「ルリ………」

 俺に優しく、強く抱き着く、リミア。

 大ムカデのおかげで、観衆がいなくなっていたのが、唯一の救いだった。


 その抱擁からは、もう逃がさないと言う、強い意志を感じる様な気がしてしまう。

 

 「もう逃がさない……」

 感じるような気がしてしまうだけだっ!!


 ………今からでも、俺は人形だったと言事にはならないだろうか?無理か?いけるんじゃないか?ほら!一歩も動いてないし!

 

 「……どうしたのルリ?」

 俺は人形だ。俺は人形だ。俺は人形だ。

 

 「ルリ……。怒ってる?」

 ……え?

 不安げな表情をする彼女を見て、思わず戸惑ってしまう。

 

 「私、ルリ、忘れようとした……。だから、怒ってる?」

 怒ってない!怒ってない!むしろ、そのまま忘れ去って欲しいぐらいだ!

 そのまま、過去にとらわれず、健やかに過ごしてくれ!

 

 「……そう。答えない、のね……」

 表情が暗くなる、リミア。

 罪悪感で、心がさいなまれるが、ここはリミアが俺から卒業する為に、心を鬼にして……。

 

 「でもね、聞いて、ルリ。私、気付いたの……」

 な、なんだ?泣き落としも言い訳も通じないぞ?なんせ、俺は今、ただの人形だからな!


 「強者は絶対だって……」

 俺の予想に反して、悲しい表情をしていたはずの、彼女の口角はニヤァと、ゆっくり持ち上がった。

 

 その答えは真理であり、最悪の結論であった。


 俺は核を残して、体を分解すると、その抱擁から抜け出す。

 もはや、恐怖に打ち勝てなかったのである。 

 

 「い、いやだぁぁぁぁぁ!」

 小さな核の人形で走り出す俺。

 糸をばらまき、目くらましと彼女の移動を制限する。

 そして俺は、糸を射出して、高速いどうっ!!

 

 俺が前方に手首から糸を射出しようとした瞬間、大きく風が吹き、俺も、俺のばら撒いた糸も、吹き飛ばされた。

 

 「く、くそっ!」

 吹き飛ばされて来た、自身の糸に絡まり、身動きが取れなくなる俺。

 

 「ルリ。逃げられると、思った?」

 そこには俺では制御できない程の、大きな翼を生やす、笑顔の天使がいた。

 きっと、あの翼で、今の風を起こしたのだろう。

 

 「おいで」

 糸に絡まっている俺に向かって、自身の射出した糸を絡ませ、引きずる様に、引き寄せるリミア。

 

 「いやだよぉ!怖いよぉ!誰か、誰か助けてぇぇぇ!」

 マジ泣きして藻掻く俺を、楽しそうに見つめるリミア。

 俺に抵抗を楽しむために、ゆっくりと糸を引いているのが分かった。

 

 「悪魔だ!魔王だ!この森には魔王が住んでいる!」

 自分でも訳の分からない事を叫んでいる俺を、その腕の中に回収したリミア。

 一段と小さくなった俺を抱え、よしよし、と頭を撫でながら、魔王城へと、歩き出す。

 

 勇者は、いつ俺を助けに来てくれるのだろうか?

 俺はそんな現実逃避で、なんとか心を保った。

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