帰還

第82話

 「んで、この先にある木がお前たちの家か……」

 翼をたたみ、脚に引っかからない様に、元の大きさに戻した俺は、コグモに絡まった糸を解きつつ、呟く。

 

 「はい!確かに、この先に!」

 今までとは別人じゃないかと言うほど、元気いっぱいの黒髪メイド服幼女が、糸を破って飛び出す。

 そして、その服の中からは、元気いっぱいな小蜘蛛達。まるでマトリョシカだ。


 まぁ、これがこいつの本来の性格なのだろうが。

 ……幼い見た目と合った良い性格だ。

 リミアは案外、こいつの性格に合わせて、この見た目を選んだのかもしれないな。

 

 「あちらです!参りましょう!」

 そう言って、元気に腕を振り、先へ進むコグモ。

 その後を、ピョンピョンと、小蜘蛛達もついて行く。

 その後姿はとてもコミカルで、力が抜けた。


 「あ、そうそう、その辺りを歩いている虫や生き物は、お嬢様の配下かも知れないので、気を付けてくださいね」

 振り向き際に忠告される俺。


 「かも知れないって……。そうかどうかも分からないのかよ……」

 衝撃の事実に、驚き呆れる俺。

 

 「まぁ、直属配下のメンバーが仲間を増やして増やして、ネズミ算式ですからね。下級兵に至っては、言語も、サインも、ろくに操れないので、正直、そこらの虫と、見分けがつかないです。と言うか、一緒です」

 コグモ自身も、納得が行っていないらしく、その口ぶりは不満そうだ。

 

 河原を抜け、森を歩く事、十分程度。

 上空からでは分からなかったが、周りの木に比べ、二回りほど太い幹をした、苔むした木が見えて来た。 

 

 「すごい木だな……ここか?」

 俺は視線を下げて、コグモに問う。

 「ここです!」

 コグモは見上げながら、元気な返事を返してきた。

 

 「ガァ~!ガァ~!」

 そんな俺達の上に、黒い鳥がゆっくりと下りて来る。

 コグモが警戒しない所を見るに、敵ではないのだろうが……。


 「大きいな……。これは、カラスか?」

 そう呟く俺に、コグモは「コトリです」と、答える。

 

 俺はその名前を聞いて「あぁ~」と、声を上げ納得した。

 つまり、あの、リミアが乗っていた小鳥が、ここ数か月で、色も変わり、これ程までに大きく成長したと言う事か。

 やはり、この世界の進化と言う奴は、あなどれない。

 

 カラスもとい、コトリは丸く美しい瞳で、俺を覗き込んでくる。


 「よ、よう!覚えてるか?リミアの腕の中にいた、ルリだ。あんときは人形だったけどな!」

 その大きく、吸い込まれそうな黒い瞳に、気圧されそうに俺は、元気な声を上げて、それを振り払う。

 

 「オボエテル」

 予想外にも言葉を発したことに驚くが、考え直してみると、人間の言葉を話す鳥など、別段珍しくも無かった。

 

 「そうかそうか!まさか覚えて貰えているなんて、思わなかった!」

 俺は、驚きを別の方向へもっていくと、コトリの頬を撫でた。


 あ、あぁ……。予想以上に、モフモフで気持ち良い……。

 「クゥァ」と、気持ち良さそうになくコトリも可愛らしかった。

 

 「ここか?この辺りが良いのか?」俺は、丁度、耳の隠れている辺りを撫でてやる。

 「クワァァ」あまりの気持ち良さに、口を開け、頭を振るうコトリ。

 なんて可愛い奴なんだ!

 

 「す、すごいです……。コトリがお嬢様以外に気を許すなんて……」

 驚くコグモを見ていると、普段はこう言う奴ではないらしい。

 なんだか、得した気分だ。

 

 「キチキチキチ!」

 騒ぎを聞きつけたのか、木の根元から、大ムカデが這い出して来る。その大きさは、もう、1mほどはあるのではないだろうか?

 少なくとも、カラスのような、コトリと並んでも、違和感がない大きさである。

 

 「お前も元気だったか?!」

 ついつい近づいて行くと、大ムカデは何故か、俺に突進し、噛みついて持ち上げる。

 

 「……おおっ!どういう事だ?!まさか、お前、俺を?!」

 そう言って、パニックになる俺を見て、大ムカデは持ち上げた首を横に振る。

 そして、俺も横に揺れる。

 

 「わ、分かった!分かったから、首を振るのをやめてくれ!!」

 そう言うと、やっと落ち着いた大ムカデは、前足で、自身の頭を指してきた。

 

 「糸を繋げって事か?」

 そう問う俺に、首を上下に振る大ムカデ。

 

 大ムカデの言う通り、俺はその頭に糸を繋ぐ。

 瞬間(逃げろ!)と、言う言葉が頭の中に流れ込んできた。


 (リミア様が来たら、お前は、お前は……)

 バサッ、バサッと、羽ばたく音が、大ムカデの背後から聞こえて来る。

 大ムカデは蛇に睨まれた蛙のように固まった。

 

 「騒がしいと、思ったら……。ワタシの、ルリにナニを吹き込んで、いるノ?」

 その、感情の薄い、聞き覚えの声に、大ムカデは、ビクリとすると、静かに、その口から、俺を下ろした。

 

 「天罰」

 「キチキチキチ!!」

 1m以上あろうかという巨体をのた打ち回らせる大ムカデ。

 コトリも、コグモもすぐさま退散する。

 

 そして、その、暴れる大ムカデを背に、彼女は翼をはためかせながら、天使のような笑顔で、俺に振り返った。


 「久しぶり。”私の”ルリ」

 その笑顔を見た瞬間。俺は、安易に、この場所まで来てしまった、自分を心底、呪った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る