第73話

 「イノシシもシカも、積極的に襲って来る事はないけど、目の前に居れば俺の事、食おうとしてくるんだよなぁ……」

 只今ただいま、シカの鳴き声を聞き、狩りに行くべきか、そうでないかを考えている真っ最中なのだ。

 

 あのクマ以降、まともな餌にありつけていない。

 それはそうだ、オオカミに戦いを挑んでくる大型の生物なんて、クマぐらいしかいない。

 しかも、クマも、そうホイホイいるような生物ではないのだ。

 

 一度、イノシシの群れも、スルーしている。そろそろ、腹の虫も限界だ。

 しかし、積極的に襲ってこない相手を、手にかけるのも……。

 

 悩む俺を、じれったそうに見つめる宿主。

 当たり前と言えば、当たり前だが、その辺り、宿主は、どうも思っていないらしい。

 

 「……そうだよな。今は俺だけの体じゃないもんな。……よし!お前が良いなら、それで良い事にしよう!」

 俺は宿主の頭の上へ飛び乗る。

 

 これは、娯楽の狩猟じゃない。生存に必要な、最低限の狩りだ。

 向こうも、積極的でないとは言え、こちらの命を貪ろうとして来るのだ。

 お互い、覚悟を持って、生きているはずだ。

 

 「よし!行くぞ!」

 俺は、俺自身への言い訳を終えると、宿主にGOサインを出す。

 

 走り出す宿主。しかし、その足はすぐに止まった。

 (どうした?)と、聞いてみれば、血の匂いがするらしい。

 しかも、俺達の向かっている方向から。

 

 他のオオカミやクマが先にシカを狩ったのかもしれない。

 俺は宿主にどうするか、問うと、縄張りの主としては、舐められてはいけないと、好戦的な態度を示した。


 ……まぁ、確かに、こちらもお腹は空いている。

 相手がオオカミだったとしても、追い払って、シカの肉を得れば良い。

 

 俺達は慎重に、血の匂いに寄って行く。

 そして、いつも通り、俺が先行すると、落ち葉を被りながら、様子を窺った。

 

 (お!クマだぞ!今日はご馳走だな!)

 俺が宿主に報告すると、宿主からも、嬉しそうな反応が返って来た。

 

 前と同じ要領で、食事をしているクマに糸を伸ばしていく俺。

 と、その陰から、小さな影が、顔を出した。子熊だ。

 

 (…………)

 俺は静かに糸を引くと、元来た道を引き返す。

 

 (わ、悪い。襲い損ねた……)

 帰る途中、宿主に失敗した事を報告すると、少し、ガッカリした様な感情が流れて来た。久しぶりのご馳走が、食べられると思ったのだから、当たり前だ。

 

 「まぁ、俺だって、失敗する事はあるさ……」

 疑われた訳でもないと言うのに、後ろめたさから、言い訳をしてしまう、俺。

 

 そんな俺を、宿主は不思議そうにみつめながらも、何も聞かない。


 「アハハ……。中々の強敵でさ……」 

 頭を掻きながら苦笑する俺。

 宿主はそんな俺を疑う事なく、失敗して落ち込んでいると思ったのか、優しく身を擦り付けて、励まそうとしてくれた。


 信頼されている分、嘘を吐くのが心苦しかった。


 「次の獲物でも、探しに行こうぜ」

 宿主は「ワゥ」と吠えると、俺を咥え上げ、その背中に乗せる。


 顔を見合わせなくて済む、この位置は、今の俺にとって、一番安心する場所だった。

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