第72話

 「そっちに行くぞ!」

 自分自身の体を囮にして、イタチを誘う俺。

 イタチは俺をとらえようと必死で走ってくる為、こちらもドキドキだった。

 しかし、イタチの体には、俺の糸も巻き付いており、速度はそれなりに減速していた為、何とか追いつかれずに済んでいる。


 「グワゥ!」

 二人の進行方向から、スタンバっていたオオカミが飛び出してきた。

 俺はオオカミの股下を抜けて、走り抜けたが、イタチはそれに驚き、更に速度が減速する。


 「キュィン!」

 急には進行方向を変えられず、動きを予測したオオカミの口に仕留められるイタチ。


 「よぉし……。良い子だ」

 俺は、オオカミ、もとい、新しい宿主を褒める。


 嬉しそうにする宿主。

 俺が「良いぞ」と言うと、イタチを貪り始めた。

 

 オオカミと言うのは、頭が良くて助かる。

 主従関係さえ、しっかりと頭に叩き込めば、後はスムーズに事が進んだ。

 

 「お前の健康が、俺の健康だからな……」

 食事を終えた宿主の喉を撫でる俺。

 宿主は気持ち良さそうに、目を細めている。

 素直で可愛くて、賢い。俺の宿主としては、初めての、文句なし、優良物件だった。

 

 と、突然、顔を上げ、耳を動かす宿主。

 糸を通して(どうした?)と、聞いてみれば、如何やら、近くにクマがいるらしい。

 

 俺は(でかした!)と言うと、その背中に飛び乗り、案内を頼む。

 探知範囲が広いと言うのは、獲物を探す時も、敵を避ける時も、とても便利だった。

 

 獲物の近くに来ると、宿主には伏せていてもらい、俺が先行する。

 俺は大きさは勿論、匂いも、出す音も小さいので、見つかる事が少ない。

 それに、そもそも、小さな俺なら見つかろうとも、あまり警戒はされないのだ。

 まぁ、イタチのような小物狙いには、効かない戦法なのだが……。

 

 (いたぞ……。クマだ。休憩をしている)

 糸で宿主へ獲物に遭遇した事を伝えると、さらに先に進む。

 ここからは慎重に、落ち葉の下や草陰に隠れて、近寄って行った。

 

 (よし、糸が届く範囲に来た。獲物には、まだ気づかれてない。今から、糸を入れて行く)

 俺は、大人しい一匹のクマの耳から糸を入れて脳を締め上げた。

 

 「…………」

 暴れる事も無く、その場に倒れこむクマ。

 久しぶりの大物だ。

 

 (よし!倒したぞ!来い!)

 俺が呼ぶと、宿主が嬉しそうに森の奥から駆けて来る。

 

 「よぉし、良い子だ……」

 その姿が、可愛くて、可愛くて、ついつい宿主を撫で回してしまう。


 「さぁ、しっかり狩り食べるんだぞ……」

 俺が獲物をすすめると、宿主はすぐに飛びついた。


 俺が、襲ってくる生き物しか襲わない主義なせいで、俺を襲う、小型の生物ばかりだったからな……。

 腹いっぱい食べられるとなると、さぞ、嬉しいのだろう。

 

 しかし、宿主が強くなれば、それだけ敵も減る。敵も減れば餌も減る。

 それこそ、クマに寄生した日には、俺は、一体何を食べさせれば良いのだろうか?

 流石にあの巨体を、俺を襲うイタチなどでまかなうのは無理があるだろう。

 

 ……あぁ、でも奴らは雑食だから、木の実でも良いのか……。

 そろそろ、獲物は獲物と割り切らなければ行けなくなって来たと、思ったのだが、そう考えれば、後回しでも良いのかもしれない。

 

 次の宿主の理想は、天敵が多くて、雑食で、体も大きい生き物……。

 それで、思い付いたのは、人間だった。

 

 人間か……。人間に寄生して、この世界の文化に触れる。

 案外、良い案かも知れない。

 

 「クゥン……」

 何かを察したのか、擦り寄ってくる宿主。

 

 「安心しろ!当分はお前一筋だ!」

 俺はその可愛らしい宿主に抱き着くと、深く考える事を辞めた。

 

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