第71話

 「「グルルルルルルゥ!!」」

 俺の存在など忘れて、対峙する二人。

 毛並みも、体格も、相手のオオカミの方が、立派だった。


 もしかしたら、この辺りは、こいつの縄張りなのかもしれない。

 そして、俺の宿主はあぶれ者。

 もし、この場が、ヤツの縄張りなら、追い出しに来るのも無理はないだろう。


 「ヴァゥ!」

 相手の威嚇に、宿主が怯む。

 どうやら、宿主も、分が悪いと言う事は分かっているらしい。


 それでも、敵意を絶やさない、宿主。

 プライドが高いのか、舐められない事が、生き残る秘訣ひけつなのか……。

 

 俺は二人が睨み合って居る隙に、相手にも糸を伸ばしていく。

 最悪、どちらが勝とうとも、俺の宿主が居なくなる事を避ける為に、だ。


 俺は無理矢理、ここまで、こいつを付き合せた。

 後は、こいつの好きにさせてやるべきだ。

 死んでも戦いたいと言うなら、好きなだけ、やると良い。

 

 「グヴァゥゥ!!」

 先に動いたのは相手だった。

 地面を蹴り、弾丸のような速度と、直線距離で、口を開いて突っ込んでくる。

 宿主が俺に繰り出してきた、突撃噛みつきとは速度が違った。

 

 宿主は、相手との距離が開いていた為、何とか初撃を避け切る。


 しかし、そこから、相手の、地面を蹴り切り返すような噛みつき。

 速度では初撃に劣る物の、回避によって不安定になった宿主には、その短い間合いでの攻撃を避け切る事は出来なかった。

 

 背中に飛び乗られ、足で抑えつけられる宿主。

 体勢を崩した所で、その胴体に噛み付かれる。

 

 いくら藻掻いても、相手を振り切る事は出来ず、その脇腹を食いちぎられる。

 

 「あ……」

 終わりだ。一瞬で終わった。

 俺が手を出す暇もなかった。

 

 内臓を貪られながら、痙攣する宿主。

 ああなっては、もう、俺の縫合術でも、助けられない。

 

 「……ごめん」

 俺は、あいつのしたい様に為せただけなのに、歯を食いしばらずには、謝らずにはいられなかった。

 

 体を貪られ、死んでいく、宿主。

 でも、その瞬間、満足したような感情が流れ込んできた。

 

 「……そうか、お前は、初めから……」

 価値観は、人それぞれだ。

 彼は、初めから、戦って、死にたかったのだ。

 だから、自身の死を悟ったあいつは、クマに見えた俺にも、本能に逆らって、襲い掛かって来た。

 今だって、かなうはずが無いと分かった相手に挑んでいった。

 

 その生き方は、到底俺には、理解できなかったが、この満ち足りた感情。それだけは分かる。

 

 「……ごめんな」

 自然と出た謝罪。

 俺は、何に対して謝ったのだろう?

 彼の生き方を否定し、付き合わせてしまった事だろうか?

 最後まで、今になっても、彼の生き方を理解できない事だろうか?

 彼の生き方を否定してでも、無理矢理に、生き延びさせる事が出来なかった事だろうか?


 涙を呑む、俺の横で、彼は、幸せそうに、その生涯に幕を閉じた。

 

 俺は、宿主をオオカミが貪っている内に、その脳内へとコネクトを繋げて行く。

 このオオカミだって、命がけで、自身の生きる場所を守ったのだ。何も悪くない。

 俺だって、他の生物の命を食らって生きている。

 そこに、大きな違いはないのだ。……間違いではないのだ。


 やるせない気持ちで心が張り裂けそうになる。

 それでも、俺は、新しい宿主に寄生し、生き延びた。

 

 「きっと、一生、お前の生き方は、理解できないよ……」

 生きていれば、もっと楽しい事があったかもしれないのに……。生きていなければ、何も成らないと言うのに……。


 「俺と、お前とは、ここで、さよならだ」

 満足げな表情で、臓物をぶちまけた、みにくくも、美しい死体。

 俺は、"ソレ"を一瞥いちべつすると、新しい宿主の上に飛び乗る。

 

 俺はもう、振り返る事はしなかった。

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