捕食生活

第70話

 「ほら、食え」

 嫌がるオオカミの口に、無理矢理セミの様な虫を糸で詰め込む俺。

 

 「なんで俺が咀嚼までさせなきゃいけないんだよ……」

 疲れ、落ち着いた後のオオカミは、俺に対する徹底抗戦を続けていた。 

 

 「ほら、吸収しろ」

 胃まで押し込めば、否が応でも、溶かさざるを得ない。

 

 「次行くぞー」

 俺は、また次の虫を手に取る。

 

 「グルルルルゥ!」

 威嚇するが、もう、動く事すらできない。

 内側から拘束していると言うのもそうだが、そもそも、こいつに、もうそんな体力は残っていない。

 

 「近所の犬は、セミでもゴキブリでも食ってたぞ。ほら」

 どんどん餌を詰めていく俺。

 こいつに死なれては俺も困るのだ。


 この際、栄養になれば、何でも良い。

 それに、もし、こいつが喋れて、こんなも食うぐらいなら、死んだほうがましだと言っても、食わせる。


 世の中、そうそう、死んだほうがましだと言う事はないのだ。

 少なくとも、抵抗する意思があるような内は……な。


 俺は、前世の自分の生き方が頭をよぎる。あれこそ、死んだほうがマシだった。

 いや、もっと底辺の人から見れば、それでもマシだと言うんだろうがな。

 

 「まぁ、生き方も、死に方も、それぞれの自由だけどな……。一蓮托生いちれんたくしょうである以上、付き合って貰うからな」

 いつの時代でも、優先されるのは強者の都合だ。


 しかし、たとえ、自分が強者であろうと、自分の都合で、相手の運命を左右するのだ。責任は取らなければならない。

 あの世界の、責任を擦り付け合ったり、逃げ出したり、無かったことにしたり、ましてや、守るべき弱者に押し付ける、人間の形をした虫とは違うのだ。

 

 「文句なら後で好きなだけ言うが良さ。全部受け止めてやる。……だから今は食え。食って生きろ。力をつけて、復讐でもなんでも、して見せろ」

 まぁ、言葉の分からない、犬っころに言っても無駄だろうがな。

 

 「あの牙を抜いて駒にするだけの世界とは違う。本気で立ち向かって来ると言うなら、その時は勝負してやるさ」

 

 俺は、その後も、ひたすら餌を詰め込み、その体から寄生虫どもを追い払って、安静にさせた。

 こいつが無駄に暴れたせいで、切れた分の糸も補充したかったが、今は、自分の生きる最低限のエネルギー吸収だけで抑えている。

 運動もさせた。餌の栄養バランスも考えた。


 その為か、オオカミの体調は見る見る良くなり、3日程経った時には、まだ生えそろっていない、ボロボロの毛皮は兎も角、体格としては見違えるほど、立派になっていた。


 オオカミの態度は相変わらずだったが、抵抗は……それ程、しなくなってきている。

 少なくとも、自傷行為には走りそうもないので、問題はないだろう。


 そろそろ、解き放つべきか悩んでいると、丁度そこに同種のオオカミが現れた。


 「あれ、お前の仲間じゃないか?」

 声を掛ける俺を無視し、向かって来る同種を「グルルルルルゥ」と、低い声で威嚇する宿主。

 つまり、俺よりも、あいつの方が、警戒すべき相手だと判断したわけだ。


 俺は、必ずしも、同族が味方ではない事を、クリナの一件から知っている。

 ……いや、前世でも、同種は敵だらけだったか。


 「グルルルルゥ」

 どうやら、あちらさんも、やる気らしい。


 そうなれば、俺の拙い操作では、宿主の能力を十分に引き出せず、戦う事はおろか、逃げ切る事も出来ないだろう。


 「ここまで、良く付き合ってくれた!後は好きにしろ!行くぞ!」

 俺は、覚悟を決めると、宿主の拘束を解いた。

 

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