第69話
コンコン
私、コグモは扉をノックする。
「お嬢様。朝食、お持ち致しました」
扉の前で声を掛けるが、返事が無い。
先程、水や、お召し物を用意した際には、目覚めていたはずなのだが……。
「お嬢様?失礼ながら、扉、開けさせて頂きますよ?」
…………。
それでも返事がない事を確認し、扉をゆっくりと開ける。
「…………」
表情一つ変えず、一心不乱に、同じ人形を編み上げる、お嬢様の姿が……。
床中に積まれている人形を見るに、私がいなくなった後、ひたすらに、この人形を編み続けていたらしい。
私が見ている間にも、また新しい人形が編みあがる。
お嬢様は、それをポィと、その辺りに投げると、また新しい人形を編み始めた。
と、突然ふら付く、お嬢様。
「……!!お嬢様!!」
私はその体を支える様に駆け寄る。
「あ、コグモ……。どうしたの?」
やっとそこで私に気が付いたのか、無表情に戻ったお嬢様が、小首を傾げる。
「朝食を運びに…。では、ありません!何をしているのですか!こんな朝早くから、こんなに沢山の糸を使って!動けなくなりますよ?!分かってますか?!」
感情の昂った私は、お嬢様の肩を揺さぶってしまう。
「あぁ~。やめてぇ~。視界が~。揺れるぅ~」
相変わらず無表情で、怒ってもいないようだったが、その声で、正気に戻った私は、お嬢様から手を放す。
「も、申し訳ございません……。しかし、お嬢様。その人形が森の中で動いているところを発見されたとの報告以来、様子がおかしいですよ?」
私の疑問に、お嬢様は「あれは、大ムカデの最大の功績」と、言って、一人
なんでも、大ムカデが狩りをしている最中に、動くルリちゃん人形とやらを見たとの事で、お嬢様に直接、報告があったらしいのだ。
翌日、隊を
隊の皆を分け、その辺りを探索していたのだ。
まぁ、一人イチャコラしていた、最古参の大ムカデは遅れて現れたのだが……。
それは兎も角として、人形一つで、普段、あまり外に出ないお嬢様が、先陣を切って出て行くと言うのは、珍しい。
それに、あの、ウサギと言う生物から情報を得た時、初めて目にした、お嬢様の不気味……。素敵な笑み。
強敵なのか、仇なのか、裏切り者なのか、何一つ、教えてくれない。
そして、何より、あのポンコツ古参が、この話題を振ると、何かを知っているように、ため息を吐いたり、顔をしかめるだけで、口を開かないのが気に食わなかった。
なんでも、お嬢様から直々に、口止めをされているようだが、何故、あのポンコツが、私より、お嬢様の事に詳しいのだろうか?
ポンコツのくせに、ポンコツのくせに……。
「コグモ」
突然かけられた声に、私は驚き「はい!」と、声を張り上げてしまう。
「これ、皆に渡して。下級の兵士にも、一人一個、あるだけ、全部」
そう言って、ルリちゃん人形とやらを手渡してくる、お嬢様。
「は、はぁ……」
私は、
「それは、目印。それと同じの見たら、報告させる」
私の疑問を察したのか、説明してくれる、お嬢様。
「な、成程!今まで情報共有など、言葉だけでしたが……。確かに、このような方法なら、情報に
流石はお嬢様。我々に言葉と知能を授けた御方。
そして、それを鼻にかけず、
「分かりました。では、そのように……、朝食は」
私の言葉を
「はっ!」と、答えると、私は数多の人形を糸で抱え、部屋を出た。
………少しだけ……。
私は欲に負け、お嬢様の部屋の前で、ルリちゃん人形を抱きしめる。
お嬢様の甘い香り、お嬢様の、繊細な糸の手触り……。至極の時間だ……。
これを、まともに言葉も操れない下級兵までもが持つと思うと、
……しかし、お嬢様が、これ程、熱を入れる相手。どれ程の強敵なのだろうか?
「お嬢様は、私が守ります!」
決意新たに、廊下を歩き始める私。
それを陰で見ていた大ムカデは、また小さくため息を吐いた。
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