第64話

 「ここだな……」

 俺は森の中で留まっていた、人影の元へ降下する。

 

 「あれ?どこにも……」

 地面に着地した俺は、辺りを見回す。

 確かに、ここに居たハズだと言うのに、視界に映らない人影。

 嫌な予感がした俺は、感覚器官の糸を辺りに漂わせた。

 

 (………木の上か!)

 俺は反応があった方向を振り向く。

 そこには、緑や茶色の肌をした、毛の無いサル……。いや、ゴブリンと言った方が近いかもしれない生物が、こちらを見下ろしていた。

 

 奴らの数十ともいえる、鋭い視線が、木の上から、俺を観察している。

 その小柄な体格と、茶色や緑の体色のせいか、糸が触れるまで、その存在に気が付かなかった。

 俺は自ら、やつらの包囲網の中に飛び込んだという訳だ。

 

 (仕掛けて来るか?)

 相手が上を取っている以上、下手には動けない。

 1,2匹が相手なら、無理矢理相手取る事も可能だろうが、数が数だ。


 飛んで逃げられるか?いや、でも空中で網でも投げられた日には、すべもなく拘束されるぞ?それなら、地面で防衛線を張った方が……。


 ……嫌な汗が流れる。


 しかし、いつまで経っても攻撃を仕掛けてこない、ゴブリン達。


 ザク、ザク、ザク。

 その内に、落ち葉を踏み締める様な音が、こちらに向かうように響いて来た。

 森の外から向かって来た人影だろうか?

 

 (この状態での援軍は!……今更、変わらない、か……)

 

 完全に包囲されている現状では、これ以上悪化のしようがなかった。

 それこそ、足音の正体が、人影とは全く関係の無い狼や熊で、この場をかき乱してくれた方が、逃げられる確率が上がると思った。

 

 俺は相手を警戒しつつ、足音の到着を持つ。

 すると、ゴブリン達は、こちらを睨んだまま、それぞれ、木や葉の陰に隠れ始めた。

 

 一体どうしたというのだろうか?

 改めて奇襲をかけるつもりなのだろうか?

 それとも、この足音の主が、それだけ、強大な存在だとでも言うのだろうか……。


 足音は、すぐそこまで迫っている。

 俺は、恐怖で固まる体を無理矢理に動かし、勢い良く、振り返った。

 

 「に、人間?」

 そこに居たのは、俺の良く知る人間達だった。

 

 人間達は、俺を見ると、顔を見合わせたり、パニックになりかけながら、口々に何かを喋り出した。

 何を言っているのかは、当然、言語が違うので分からないが、困惑しているのは分かる。

 そりゃそうだ。俺だって、羽の生えた小人を見れば驚くだろう。

 

 俺は、この混乱に乗じて逃げようと、ハチドリの様に翼をはためかせ、垂直に上昇した。

 

 木々の間を抜けた所で、俺は静止し、森の中を見下ろす。

 ここなら、安全に、奴らを観察できると思ったからだ。

 

 このまま行けば、ゴブリンが人間に奇襲を仕掛ける展開になるのだろう。そうすれば、両者の戦力や、戦闘の仕方も分かるはずだ。

 

 しかし、一向に、ゴブリンが人間を襲う様子はなく、天に向かって拝みだす人間達。

 そして、最後には小さな包みを置き、立ち去って行った。

 森に対する、捧げものか何かなのだろうか?

 

 すると、ゴブリン達が現れ、それを持ち去る。

 奴らの狙いは、初めからそれだったらしい。

 

 「おおっと……」

 少し眩暈めまいがした。

 一か所に滞空するような飛び方は、翼を激しく動かすので、消耗が早いようだ。


 俺はゴブリン達が帰って行く方向を確認しつつ、ふらふらとウサギの元へ戻る。

 しかし、その場所に、ウサギの姿はなくて……。

 

 「ま、マジかよ……」

 俺はそのまま地面に落ちる。

 

 (ご!ご主人!)

 こちらに気が付いたウサギが、草陰から心配そうに近付いて来きた。

 どうやら、しっかりと隠れてくれていたらしい。

 

 (そ、そうだよな……。隠れてろって、俺が言ったんだもんな……)

 ウサギが、指示通り、その場でじっとしてくれていなかったら、俺はエネルギー不足で死んでいたかもしれない。


 (自身の限界ぐらいはしっかりと、把握しておかないとな……)


 「わりぃな……」

 俺はウサギに支えられつつ、その身を起こすと、震える糸で、何とかウサギとの糸を繋ぎ直す。

 

 糸が震えていたせいか、ウサギは変な声を出したが、まぁ、今回は許そう。

 

 「本当に助かった。ありがとな」

 (い、いえ!そんな!僕は何も……)

 今一度お礼を言うと、ウサギは恥ずかしそうに、もじもじもじもじ……。

 

 (で、でも、どうしてもと言うなら……)

 物欲しそうなで目で、こちらを見つめて来るウサギ。

 俺はその時点で、何かを察した。

 こっちは、自身の失敗を反省しつつ、本気で感謝していると言うのに……。


 俺は、静かに糸を持つ。

 「これが欲しいんだろぉぉぉ?!」

 (ありがとうございまぁぁぁすッ!!)

 そうやって、今日も、俺達の一日は過ぎて行った。

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