第59話

 「グルルルルゥ!」

 狼がウサギを狙っている。

 

 「グォォォォ!」

 俺は糸を紡ぎ、巨大なクマに似せると、大声で威嚇した。 

 

 「キュゥン!」

 突然現れた、天敵に驚き、尻尾を丸めて逃げ出す狼。

 俺は、それを見届けると、ウサギの体に、再び纏わりついた。

 

 倍以上に膨れ上がったウサギ。

 ウサギが大きくなったわけではない。全て俺の糸だ。

 

 体内に収まりきらなくなった糸を、仕方なく、周りに巻きつけていたら、いつの間にか、この、白い毛玉から顔だけを出した、新種のウサギのような生物になっていたのである。

 

 しかも、このウサギ。俺が餌を与えたり、天敵を追い返すせいで、何にも怯えなくなった。

 いまも、オオカミがすぐそこまで来て、俺がクマに化けて追い返したと言うのに、何一つ動じず、餌を食べている。

 適応能力とは、恐ろしい物だ。

 

 「プゥ、プゥ」

 餌を食べ終えたウサギは、鼻を鳴らしながら、這うように、前に進もうとする。


 体が重たくなり、移動が困難になりつつあるのだ。

 このウサギを覆う糸が、細かく何重にも織り込まれた物で、かなりの重さを誇る事が、主な原因だろう。

 後は、単純に、ウサギが太っただけだ。

 

 (……はぁ)

 俺は、ウサギの体を持ち上げる様に、糸で地面を押す。

 こんな状態になっても、危機感を抱かないのは、茹でガエルの法則と、言う奴のせいなのだろうか?

 まるで、死ぬ寸前の俺を見ているようで、笑えない。

 

 そんな、俺の考えなど、気にした風もなく、移動し始めるウサギ。

 最近、殆ど動いておらず、俺の与えた餌ばかり食べているので、丸々と太って来ていた。

 

 俺は、緩慢かんまんな動作で、餌を探すウサギの前に、木のみを落とす。

 それを食べるウサギの脳は、確かに、幸せと呼べる刺激が、発せられている。

  

 (………まぁ、お前が幸せなら、それで良いんだけどな)

 別に、このウサギのお腹に付いた脂肪も。俺が本気を出せば、全てエネルギーに変えて、俺の中に蓄積できる。

 運動不足は体に良くないが、他に糸を収容できる場所がないのだ。

 

 (………そうだ。一層の事)

 俺は、栄養を吸い取る糸だけを繋いだまま、残りの糸をウサギから離す。

 糸くずの塊になった俺は、記憶をつかさどる、人形を中心に、人の形を取った。

 

 (………やっぱ、この体が動きやすいんだよなぁ……)

 核になっているせいか、自然とルリちゃん人形の形をとる、俺。

 全長は30㎝ほどになっていた。


 リミアが最適化してくれているせいで、性能に文句はない。

 この姿になりたいと思うだけで、本能に近い記憶が、無駄な糸の高圧圧縮から、髪を操作するタイプの糸の束にしたり、服を縫い上げてくれたり、骨格から筋肉まで、全て自動で作り出してくれる。

 楽で、高性能であれば、使わない手はないだろう。

 

 しかし、女の格好と言うのも、何か癪に障る。

 俺も、何とか頑張って、男の姿に……。

 

 その瞬間、脳裏に、産卵管で突き刺され、興奮から、恍惚こうこつな表情をして、俺を引き裂く、リミアの姿が……。


 糸に力が入らなくなり、その場にへたり込んでしまう。

 完全に、脳と体が拒絶反応を示していた。

 

 「そ、そんな……。おれ、おれ、男なのに……」

 両手を地面に付き、うなだれる俺。

 

 無駄に綺麗な声と、涙まで出る高性能が、恨めしかった。

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