第58話

 (ほらよ)

 俺は、飛んでいた虫を捕まえ、ウサギの前に差し出す。

 それに慣れて来ていたウサギは、特に何の警戒もせず、それを口に入れた。

 

 (お前の栄養は、俺の栄養だからな……)

 俺が、その頭を撫でると、ウサギは嫌そうに首を振る。

 

 こいつは、俺に気付いていない。いや、気付く気がない、知能がない。

 今もいつも通り、餌が目の前に来たから食べただけで、俺に触られて首を振ったのは、ただ単に、異物が触れた事による、拒絶反応だ。

 その原因に対する疑問を抱かない。

 もし、疑問を抱いて警戒しても、少しすれば忘れて、何回も繰り返しているとなれる。それだけだ。

 

 リミアの様に、痛みや、相手の体を操り、本能に叩きこむように、訓練する事で、進化と共に、知能を上げる事だ出来るだろう。

 だが、俺はこの状態で、困っていない。宿主だって、困ってはいない。

 状況が変化するリスクと、労力を考えても、訓練をする理由が見つからなかった。

 

 (ん~……。どうするかなぁ)

 その気になれば、ウサギの表面を覆う事ができるほど、大きくなった俺。

 その殆どは、ウサギの体内や、毛玉の様にして、ウサギの毛にくくり付ける事で、保管している。


 一層の事、このまま糸でグルグル巻きにして、取り込んでやろうかとも思うが、そうするには、情が湧きすぎた。

 

 (おらよっと)

 またしても、ウサギ向かって飛んできた虫を捕まえ、ウサギに差し出す。

 ウサギはそれを見ると、首を伸ばし、パクリと食べる。

 

 餌にありつければ、それで良い。

 頭の悪さを感じさせる、その行動は、社畜時代の俺を連想させた。

 しかし、不思議と嫌悪感がなかったのは、俺の心が疲れている証拠なのだろう。

 

 クリナと、巣を追い出されて以来、本当の意味で、心が休まる時間がなかった。

 リミアが、俺の死と向き合う中で、俺自身の整理がついたと言う事もあったし、リミアが無事に独り立ちしてくれた事で、俺の心はやっと、落ち着きを取り戻せたのだ。


 俺の次の目標は、今の所ない。

 正直、このまま死んでしまっても、満足した。と言えるだろう。


 (……でも、クリナ達が許してくれないだろうなぁ……)

 何て言うのは、言い訳だ。


 俺が、生死を彷徨さまよう中、見たあの光景だって、結局は俺の幻想にすぎないかもしれない。

 クリナ達はもう死んでしまった。今を生きる俺には関係のない事だ。


 でも、死後の世界があったとして、クリナ達なら、俺が生きる言い訳に、自分達の存在を使ったとしても、笑って許してくれるだろう。


 死者は生者の為にある。この言葉を思い出せたのは、彼女達のおかげだった。


 死者の幻想が放った言葉は、リミアを救った。

 今度は、勝手ながら、俺が生きる理由にさせてもらおう。


 ……難しい事ばかり考えていると、頭が痛くなる。

 いくら優等生ぶっても、結局、俺は、馬鹿な落ちこぼれに過ぎないのだ。

 俺が、納得できれば、それで良い。

 

 (……たまには、こういうのも悪くないな……)

 今は急ぐ時じゃない。程々の休憩も大切だ。


 俺は高い場所のある木の実を糸でとると、ウサギの前に落とす。

 無心で、それをむさぼるウサギ。

 その、短絡的な姿を、俺は、心穏やかに見守った。

 

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