第57話

 (お………)

 辺りにばら撒いて置いた、感覚を司る糸の反応により、目を覚ます。


 今までも、オオカミや、イノシシ、シカと言った生物が通ったが、歩幅が大きいせいか、歩いているだけで、糸の届かない範囲に、すぐに移動され、逃がしてしまっていた。


 が、しかし、今回の獲物は小柄で、歩行速度も遅いようで……。

 これを逃す手はないだろう。


 気付かれない為にも、体は動かせないので、目視で確認はできない。

 しかし、この跳ねる様な移動、糸全体から伝わる、地面を覆うようなモフモフと、足の裏の肉球。

 俺の頭には、ウサギの姿が浮かんだ。

 

 感覚を司る糸には、動かせる糸と、二本セットになる様に、織り交ぜてある。

 俺は、ウサギの乗っている感覚がする糸を、慎重に動かし、そのモフモフに絡みつける。

 

 (……よし、気付かれてないな……)

 俺は、ばら撒いていた他の糸も少しずつ絡めて行く。


 ウサギは餌を探す様に、少し跳ねては、落ち葉の下を探り、少し跳ねては、落ち葉の下を探り、を繰り返していた。


 その為、多少、絡め辛くはあったが、遠くには行かなかった為、何とか、糸の範囲外に逃げられる前に、もう、離れないだろうと言う分だけの、糸を絡み付かせる事ができる。

 

 (後は、この糸を一気に引っ張って……!)

 流石に、毛を引っ張られたウサギは異変に気付くが、もう遅い。

 俺は素早くウサギの首元に引っ付くと、残りの糸を全て絡める。

 

 ウサギはパニックになり走り出したが、体にくっついてしまえば、こちらの物だった。

 

 (後は、耳の方まで移動して……。だめだ、しがみ付いているだけで、エネルギーが………)

 ふと、俺は、ウサギの体についていた、ダニを見つける。


 俺の糸では皮膚を貫く事は出来ない。

 しかし、ダニは、血を吸う為に、皮膚に穴をあけていた。

 

 俺はそのダニを、傷口の内部、牙の刺さった根元から、牙が内部に残らない様に引っこ抜き、その体に溜めた血を糸で吸い尽くして、捨てる。

 

 (み、満たされる……)

 体が潤っていくのを感じた。


 俺は、ゆっくりと、ダニの残した傷口から、木の根の様に、ウサギの体内に糸を伸ばしていく。

 しばらくすると、ウサギのパニックも収まり、跳ねる度に、多少の揺れはある物の、モフモフに包まれた、この空間は、非常に心地よかった。

 

 心と、エネルギーに余裕の出来た俺は、糸でウサギの表面をなぞり、ダニなどの寄生虫を始末していく。

 こいつの健康は俺の健康なのだ。部外者は排除させてもらう。

 

 ダニやヒルが付いていた場所は俺が糸で縫合し、出血を止めた。

 寄ってくる寄生虫も、蚊やアブなどの吸血虫も、全て追い払った。

 

 数日後、健康状態の良くなったウサギは、更に、多くの栄養を、俺に分け与えてくれる。

 (悪くないな……。この生活)

 

 しかし、宿主から切り離されれば、一瞬で、元の木阿弥もくあみだ。

 俺は、どんどんと糸を増やして、大きくなって行く。

 自身で、その体を維持できるように。

 

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