第54話

 その日、私はまた、あの白い夢を見ていた。

 

 ルリに会えるかも知れない。そう思っても、何処か素直に喜べなかった。

 きっと、度々、ルリを忘れる私に罪悪感を抱いたからだろう。

 

 あんなに、あんなにたくさんの事をして貰ったのに、頭の何処かでは、仕方がなかった。の、文字が浮かんで、考えない時間が増えた。

 私のせいで、全てを犠牲にしたのに、私は、私の意志で、全てを与える事すらできない。


 ルリはこんな私を怒るだろうか、軽蔑するだろうか、嫌いになるだろうか……。

 

 「よ……」

 俯き気味に、頭を掻きながら、目の前にルリが現れる。

 良かった、ちゃんとルリの姿だ。私はちゃんとルリを覚えている。

 

 「わ、私、ルリの事……。ルリの事……」

 上手く言葉が出てこない。言いたくない。嫌われたくない。夢でも、幻でも、それだけは嫌だ……。

 でも、でも言わなければ、そして、償わなければ、私の全てをして。


 「良いんじゃないか。別に……。そんな事しないでも」

 ルリは相変わらず気まずそうに、顔を逸らして呟いた。

 

 「違う!ルリはそんな事言わない!私を怒って、嫌いになるの!!だから、だから、私……。一生償わなきゃいけないの!」

 

 ルリは私の声を聴いて、考え込む様にうなる。

 「それ、本当に、俺か?俺は、そんな酷い奴に見えたか?」

 私は全力で首を横に振る。

 ルリは、そんな酷い人じゃない。不器用だけど、優しくて……。とても暖かい人だ。 


 「そうか。……あまり優しくしてやれなかったから、心配だったんだ……。俺の方こそ、色々と……ごめんな」

 気まずそうに、それでいて、全力の笑みを浮かべる、ルリ。

 私は思わず、その体に抱き着く。

 

 「まぁ、あれだ……。そんな優しい俺から言わせるとだな……。って、やっぱ恥ずかしいな!」

 私の抱擁に戸惑い、恥ずかし気に目を逸らしながらも、必死に言葉を考え紡ぐ、ルリ。

 空気を重くしたくないのだろう。ルリらしい。

 

 「……恥ずかしくない。続けて」

 私のうながす声に、ルリは再び、言葉を考え始める。

 

 「あ~……。ええっとだな。あれだ。そんな器の大きいルリ様は、ちっぽけな事、気にしていないと思うぞ?」

 

 「それは嘘。だって、ルリ、すぐ怒る」

 私はその胸に頭を埋めながら、ルリに合わせる様に軽口を叩く。

 

 「そ、それは、悪かったな……」

 

 「怒った?」


 「怒ってない」


 「うん。知ってる。ルリは命に係わること以外、本気で怒らない」

 

 「………まぁ、そう言う事だ。リミアも大人になったな」

 

 「ルリは子どものまま」

 

 「前言撤回。お前も子どもだ」

 私は抱き着いたまま、顔を上げると、こちらを見下ろしていたルリと目が合う。

 

 「…………」

 沈黙の時間。でも、心地よかった。

 

 「………俺はな、別に忘れられても良いんだ」

 私の頭を撫でながら、呟くルリ。

 

 「うん」

 私はそれに短く答える。

 

 「お前が、お前らしく、強く生きてくれればそれで良いんだ」

 

 「うん」

 知っている。ルリは、そういう人だ。

 

 「……そうだ!お前、俺の記憶があるなら、あの言葉、知ってるだろ?"死者は生者の為にある"つまり、納得したもん勝ちなのさ!」

 

 「知ってる」

 私は、ルリから、一歩、離れる。

 

 「……納得してくれたか?」

 私を見つめるルリの瞳。

 

 「……もうちょっと、時間、かかるかも……」

 私は素直に答える。

 

 「そうか……。まぁ、納得するまでは、一緒に居てやるよ。……可愛い娘の為だしな」

 

 「うん!」

 

 私は、満面の笑みで返すと、ルリは「可愛いは否定しないのかよ」と、愚痴をこぼす。

 

 「んじゃ、な」

 背中を向けると、軽く片腕を上げるルリ。

 

 「……また会える?」

 そう問う私に、彼は「当分は会いたくねぇな」と言って消えて行った。

 

 「じゃあ、いつか、その時が来たら、会いに行くね」

 私は彼が消えて行った方を見つめ、呟く。

 ……そろそろ、目を覚ます時間の様だ。 

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