第48話

 「進め」

 「キシシッ!」

 私は今日も、大ムカデの上に乗って、森の中を進む。

 

 この大ムカデを前にしては、私を襲った、あの大蜘蛛でさえも逃げ出す。

 大ムカデに挑もうと言う、虫が現れても、私の糸と、麻痺爆弾の前に無力化され、大ムカデに止めを刺されるだけ。

 私達はもう、この森では、昆虫の頂点だった。


 しかし、上には上がいるもので、私達の次の敵は、哺乳類や、鳥類。爬虫類や、両生類だった。


 ハツカネズミやスズメサイズの生物ならまだ良い。

 私のネットで、動きを拘束出来て、大ムカデの噛みつき毒撃も、致命傷となるからだ。


 しかし、クマネズミ級や、ハト級の大きさともなると、勝てるビジョンが全く浮かばず、挑戦する気にすらならなかった。


 なので、結局の所、何だかの生物に怯え、過ごしている。

 世界は甘く無いのだ。

 

 ……まぁ、それはそれとして。

 私は、今、非常に大きな問題に直面している。

 

 …………発情期だ。

 私は生殖可能な年齢になったせいで、発情期におちいっている。

 

 それの何が恐ろしいかって?

 そんな事、決まっている。家で大切に保管している、ルリの遺体。それを見ると、もう……。めちゃくちゃにしたくなるのだ。


 我ながら狂っていると思う。

 しかし、それは寄生虫としての本能で、理性とは別の物なのだ。


 そもそも、ルリは……私の父親的な存在で、そう言う関係ではない。

 だから、多分、きっと、絶対、本能のせいだ。

 

 今は、ルリ人形を抱きしめる事で、何とか自分を押さえているが、正直、ずっとあの部屋にいたら……。

 

 でも、ルリが生き返って、そう言う事を望んだら……。

 いやいや、そもそも、その想定自体あり得ない。

 で、でも、もし、もしかしたら、復活させてくれた私に、感謝からの、愛が芽生えるなんて事も……。


 私は思わず、ルリ人形を抱きしめて、足をばたつかせる。

 

 「キシィ……」

 大ムカデが、人の頭の上で、発情するなよ……。言いたげに、鳴いた。

 ここ最近、知能の高くなった、大ムカデは、生意気にも恐怖以外の感情も持ち始めたのである。

 それに、私だって、好きで、発情しているのではない。制御できるなら、もうとっくに抑え込んでいる。

 

 「下僕は黙って歩く」

 不機嫌になった私は、大ムカデの頭をポカリと、軽く叩く。

 まぁ、私が本気で殴ったところで、大ムカデの装甲の前には、精々、豆腐の角に頭をぶつけた程度の衝撃だろうが、私の手が痛い。

 

 ……痛いと言えば、そうだ。

 私の入れ物であるはずの人間部分の感覚が、最近、私の感覚器官と共鳴しているのである。

 感覚を切ろうと思えば切れるのだが、無意識に、人間部分の刺激を、自分の刺激のように感じてしまうのだ。

 

 だから、ちょっと、人間の性感帯に触れると……。

 

 「キシィッ……」

 人の頭の上で、変な事をするな。と、言わんばかりに、鳴く、大ムカデ。

 私は、はっとなり、変なところへ向かって伸びていた手を止めると、ルリ人形を抱きなおす。

 

 恥ずかしかった。

 もう、消えてしまいたい程に恥ずかしかった。


 ポカリ。

 八つ当たりと分かっていながら、大ムカデの頭を叩く。

 

 「……シャァ……」

 大ムカデは生意気にも、溜息を吐くと、辺りの散策を再開した。

 

 

 

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