第45話

 「…………いま」

 私は、幹の上から、下を歩いていた、小型の蜘蛛に向かって、投網を投げる。

 

 「よし………」

 思った以上に、あっさりと成功する、初の狩り。

 まぁ、ルリの狩猟姿をいつも見ていたのだから、当たり前と言えば、当たり前かもしれないが。

 

 「思ったより、簡単……」

 私は意気揚々と、投網に掛かった子蜘蛛の元へ向かう。

 後は、止めを刺すだけだ。

 

 投網の中で藻掻く、小さな子蜘蛛。

 私が近づくと、より一層、必死で、その身を暴れさせた。

 私より、小さな体で、独りぼっちでも、こんなに必死に……。

 

 「………あ」

 それを見た瞬間。ルリの記憶にあった、ウスバカゲロウモドキの狩り風景が思い浮かんだ。


 記憶から、その時の感情を読み取る事は出来ない。

 だから、今まで気が付かなかったのだ。

 

 ルリが、私に狩りをさせたがらない、本当の理由が分かった気がする。

 

 「………ごめん」

 私が投網を持ち上げると、子蜘蛛は素早く飛び去り、落ち葉の隙間へと消えていった。

 

 私は、今、お腹が減っているわけではない。食料もまだ、大蜘蛛の残りがある。

 これは実験的な殺しだ。相手は選ばないといけない気がした。

 

 「………」

 今、考えてみれば、ルリが狩っていたのは、いつも、私達を襲ってくる種族だけ。

 こちらから奇襲をかける事もあったが、見つかれば、私達だって、襲われる。そんな関係。


 ルリは食う食われるの関係で、線引きをしていたのかもしれない。

 だから、簡単に、大量の肉を得る事ができるウスバカゲロウモドキも、あれ以来、襲わなかったのだ。

 

 きっと、以前の私には、理解できなかっただろう。

 理解できないままに殺していたら、今頃後悔していたかもしれない。

 いや、それ以前に、その行為に疑問をいだかぬよう、進化していたかもしれない。

 そう思うと、恐怖すると同時に、ルリに改めて感謝した。

 本当に、私の気付かぬ所で、色々な気配りをしていたらしい。


 ……まぁ、最後の最後まで、鈍感だった事は、生き返らせた後に、死ぬ程、文句を言ってやるが。


 ……そうだ、私だけが、悪い訳ではないのだ。あの分からず屋が、鈍感だったのもいけないのだ。

 そう考えると、腕に抱えていた人形の顔が、なんだか、憎らしく思えてくる。

 

 ……でも、それ以上に元気付けられた。


 「……よし。次!」

 私は人形を、ギュッと抱きかかえると、気合を入れる。

 

 「あ、あれ……?これって、どうすれば………」

 その直後、投網の正しいたたみ方が分からずに、出鼻をくじかれるのだが、それは、また、別の話だ。

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