第41話

 (はぁ、はぁ、はぁ……。まって、くれよっ……!)

 俺は、家を飛び出した彼女の肩を掴んだ。

 何とか、彼女に追いつく事が出来たのは、彼女が立ち止ってくれたからに他ならない。

 

 《イマのルリ、ソトでヒトリにしたら、ワタシよりキケン》

 …つまり、気遣って、待ってくれていると言うのか?

 

 (な、なんだ。お前、優しいじゃ、ウッ!!)

 走ったせいか、気持ちが悪くなる。


 いや、気持ち悪くなるのは、走らなくても一緒か、結局、家の中に居ても、吐いてばかりだったしな……。

 腹の中は空っぽだというのに、吐き気が止まらないと言うのは、苦しい。

 

 《ワタシ、ヤサしい。そのクルしみ、イッシュンで、オわらせてアゲる》

 糸を見えるように束ねながら、見せびらかすように、ウネらす彼女。

 その表情は冷淡だ。

 

 (な、なんだよ?俺を殺してくれるって言うのか?)

 俺は苦痛で歪む顔を目一杯の皮肉と笑顔で上書きする。

 

 《マエにもイった。ルリはコロさない。コロすのは》

 (じょ、冗談じゃない……。クリスをろすなんて、あり得な、ウッ!!)

 思わず、胃の中身を吐き出してしまうが、出てくるのは、胃液ばかり。

 

 《ナマエなんてツけて……。しかも、クリナにニせて、クリスなんて……。キモイ。アリエナイ。ミレン、ガマシイ……》

 あからさまに不機嫌な彼女は、そっぽを向くと、再び歩き始める。

 

 (ま、まって……。一人じゃ、危険だっ……)

 《イマのルリ!イルホウが、キケン!オロサナイ、ナラ、カエル!》

 再びこちらに向き返ると、家の方向を指さす、彼女。

 

 (なら、一緒に帰ろう。別に、明日だって……)

 《ヨクナイ!オナカヘッタ!ワタシヒトリで、カリデキル!ルリにはカンケイナイ!》

 

 (い、今まで、あんなにベッタリだったのに、よく言うぜ……)

 《ウルサイ!アレは、クリナのキオクのセイ!ソモソモ、ルリが、クリナをダイジにデキナカッタセイ!》

 

 (お、お前ッ!!)

 《マイニチ、クリス、クリス、ウルサイの!ワタシがオナジヘヤにイテモ、ゼンゼン、ハナシカケてコナイクセに!!ソレに、クリスには、カリ、オシえようとシてた!ワタシにはダメって言ったのに!大切なんてウソだ!ワタシを子どもミタイにオモってるなんて嘘だ!全部全部嘘だっ!!》

 

 (そ、そんな事……)

 突然、彼女の想いをぶつけられて、動けなくなってしまう。

 

 「なら、ワタシにナマエを付けてよ!わたしの事ナマエでヨんでよ!……できないでしょう?だって、私に名前を付けたら、彼女が、クリナの姿が、追えなくなっちゃうもんね?私はクリナの代わりで、だから大事にされてるだけだもんね?………クリスのプレゼントが欲しかった訳じゃかなった!服を褒めて欲しいわけでもなかった!……ただ、名前で呼んでくれるだけ……。それだけで良かったのに………」

 

 その場でしゃがみ込む彼女。

 作り物のはずの口は言葉を紡ぎ、その瞳にからは、目から涙を流していた。

 作り物ではない、本物の心で……。

 

 彼女はその幼い体で、つたないながらも、しっかりと、進化していたんだ。ちゃんと成長していたんだ。人間に近づこうと、努力していたんだ……。


 なのに、俺はまだ、クリナの死から抜け出せていない。また、成長できずに、誰かを傷つけている………。

 

 (ごめん……)

 今からでも、間に合うだろうか。

 

 (ごめん……)

 今からでも、許してもらえるだろうか……。

 

 (ごめん……)

 今からでも………。

 

 その時、彼女の後ろに、蜘蛛が着地した。俺の10倍は優に超える大蜘蛛だ。

 これだけ騒いだのだから、当たり前と言えば、足り前なのかもしれない。

 

 でも、良かった。今度は間に合いそうだ……。


 俺はしゃがんでいる彼女を突き飛ばしつつ、彼女の持っていた、狩り用の道具袋をかすめ取る。

 

 瞬間、彼女を狩るために振り降ろされた、大きな牙が俺を襲う。

 元々、鈍い虫の痛覚。アドレナリンの出た俺には全く痛くなかった。

 

 (お返しだ)

 俺はカバンの中から、腹を傷つけないように殺した、アブラムシ爆弾を取り出す。

 これは、樹液に麻痺毒がある木から採取した、特製品だ。

 

 的は大きく外し様がない。

 それに、アブラムシ爆弾は当てなくても良いのだ。

 

 狙いは、爆弾が破裂した後に撒き散らされる、その木の樹液の毒素を濃縮した、気化しやすい液体。


 そんな物をまともに食らえば、いくら大蜘蛛とて、ただでは済まないだろう。

 なんせ、アブラムシ共は、それだけを武器に、苛烈かれつな生存競争を今まで生き抜いてきたんだからな……。

 

 俺は、倒れ際に、大蜘蛛が、殺虫スプレーを掛けられたゴキブリのように、のた打ち回っている様子を見た。

 爆弾一つであれだというのだから、笑えないぜ、アブラムシモドキども……。

 

 「ルリ!」

 彼女が駆け寄ってくる。

 

 (おいおい、危ないって、さっさと逃げろよ……)

 俺の忠告を全く聞かない、彼女。

 もしかしたら、今のドタバタで、糸が切れたのかもしれない。

 

 「待って!死なないで!治す!絶対治すから!」

 その、必死な姿が、誰かに重なって見える。

 

 (って、あぁ。あの時の俺か……)

 俺の体はそんなに酷い事になっているのだろうか?

 正直、感覚と言う、感覚が無くなって、自身の体がどうなっているのかすら分からない。


 きっと、アブラムシモドキの麻痺毒が、距離の離れた俺に、良い感じに作用してくれたのだろう。

 彼女の声が聞こえなくなってしまったのは寂しいが、安らかな死と引き換えでは、仕方ない。

 

 一生懸命、糸で俺をぐるぐる巻きにしていく彼女。そんな事をしたって、助からないだろうに………。


 (それでも、お前は逃げないんだな……)

 やっぱり、俺の子にして置くには、優秀すぎた様だ。

 

 ……あぁ、もうだめだ。意識が持たない……。


 泣いている彼女の顔が見える。


 結局、最後まで名前をあげられなかった。

 最後まで、笑顔にしてあげられなかった。

 

 くやしいなぁ……。

 もっと、してやれる事、あったかもしれないのに……。


 まだ、生きたいなぁ……。


 元の世界で捨て去った、生への執着。

 この世界で、死ぬ寸前に、手に入れるなんて、皮肉が効きすぎている。

 

 母さん、クリナさん……。俺、成長できたかな?

 

 そこで、俺の意識は完全に途絶えた。


 

 =======

 ※後書き

 

   おはこんばんにちは。おっさん。です。

 

 突然なのですが、この作品。事ある毎に、複数の選択肢を考え、サイコロを振り、ルートを確定させています。勿論、寄生虫ちゃんがもっと、冷酷無慈悲なルートも、ルリに殺されるルートも、そもそも生まれてこないで、クリナと共にルリが冒険に出るルートもありました。

 

 さて、今回、何故、このような話を書かせて頂いたかと言うと、主人公の死が、サイコロで決定したからです。

 寄生虫ちゃん目線で物語を進める、主人公が何だかの形で生き返る等、様々なルートを模索していますが、一応、主人公が死んだという事で、報告させて頂きました。

 

 書き始めは、日が暮れてからにしたいと思うので、何か、感想、コメント等あれば、今後のルート作成の参考にさせて頂きたいと思います。


 協力のほど、宜しくお願い致します。

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