第40話

 《デキタ!》

 この頃、毎日のように、新しい服を見せびらかしてくる彼女。

 正直、繰り返す、吐き気と腹痛で、かまっているだけの精神的な余裕がない。

 

 (そうか、そうか、良かったな)

 適当に返事をすると、俺は腹をさする。

 体が安定している今だけが、ゆっくりできる時間なのだ。邪魔しないで欲しい。


 しかし、これだけ、体調が不安定になるという事は、生まれる日も、もう、近いのかもしれない。

 

 (そうだ。名前を付けなきゃな。何にしよう……。男の子だからなぁ……。ええっと……。クリ、クリ、クリ……クリスなんてどうだ?!)

 俺は腹をさすりながら、問いかけるが、当然、答えは返ってこない。

 

 《……ソレって、アテツケ?》

 彼女が、小さな声で、何かを言った気がした。


 (ん?どうした?)

 俺は、彼女の方を向き、たずねるが、彼女はこちらに背を向けて、また、何かを編み始めていた。

 ……気のせいかもしれない。

 

 クリスはどんな男の子に育つのだろうか。

 運動神経抜群の元気いっぱいの子だろうか?

 それとも、頭脳明晰の、大人しい子だろうか?

 どんな子でも、優しい子に……。いや、元気に育ってくれれば、それでいいか……。

 絶対、あの悪魔には渡さないからな!

 

 俺は、顔を上げ、彼女の方を睨む。

 しかし、こちらに背中を向けたまま、振り向くどころか、声も返してこない彼女。

 攻撃される事もいとわないつもりの、宣戦布告だったのだが、拍子抜けしてしまう。

 

 ま、まぁ、攻撃されたい訳じゃないしな……。

 彼女が宣戦布告を聞いていれば、それで良いか。

 

 いつも攻撃的な彼女が、やけに大人しいと、不気味に思える。

 しかし、触らぬ神に祟りなし。だ。


 俺は、余計な事を考えないよう、クリスの事を考える。


 言葉はどれぐらいで覚えるだろうか?

 喋れなくても、文字が書ければ、意思の疎通そつうはできる。

 できれば、最優先学習事項にして行きたい。


 その次は狩りだ。狩りは、生きていく上で、一番大切な行為。

 危険だが、覚えさせて行かなければいけない……。


 ん?と、なると、こっちを最優先学習事項にするべきか?

 いや、でも、俺としては、優しさを一番に……。

 

 気付くと、いつの間にか、本当に他の事が気にならなくなった。

 なので、バタン!という、大きな音が聞こえてきた時、俺は驚いて、心臓が大きく飛び跳ねてしまう。

 

 音の発生源には、彼女が立っていた。

 一体、何をしたのだろうか?


 (………。どうした?)

 俺は、恐る恐る尋ねるが、彼女は何も言わずに、外に向かって歩き出す。

 

 (お、おい!)

 止めようとする俺を振り払うと、彼女は小さく《カリに、イッテクル》と、言い残し、家を出て行った。

 

 (ま、待てって!)

 俺もすぐに、その後を追おうとするが、腰を上げた瞬間、腹に激痛が走った。

 思わず、その場にうずくまる俺。

 

 しかし、彼女に何かあっては、この痛みなどでは、引き換えにできない。

 俺は体むちを打つと、歯を食いしばって、外へと飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る