第34話

 (良いぞ、良いぞ……)

 俺は、木の幹から、地上にいる、蜘蛛に狙いをませる。


 (今だ!)

 彼女の糸で作ってもらった、投網とあみを投げると、獲物は見事に、からめとられる。

 後は、動けない獲物に止めを刺すだけの、簡単な作業だ。

 

 《オワッタ?》

 近くの落ち葉の下から、顔を出す、彼女。

 彼女は、俺と距離を置きたがらないので、狩りの時も、こうやって、付いて来る。

 

 (終わったよ……。ほぃっ)

 彼女に向かって、いだ、蜘蛛の脚を放る。

 彼女自身も、蜘蛛型の寄生虫らしいが、特に、気にせず受け取ると、落ち葉の下に再び引っ込んでいった。

 

 《ショクジする。ミルしたら、コロス》

 (はいはい)

 

 適当に返事をした俺も、蜘蛛を貪り始める。

 やっぱり、頭が一番美味しかった。

 

 (ふぅ、食った食った……)

 この頃は、注文すると、彼女が糸を使い、様々な罠や捕獲道具を作ってくれるので、狩りが楽になった。

 

 彼女の糸は、繊細で、粘着性もなく、一本ではかなり弱いが、束ねればそれなりの強さになる。

 瞬時に、大量の糸を出す事も、束ねる事も出来ないので、そのままでは、戦闘に全く役立たないが、こうやって、道具にしてしまえば関係ない。

 正直、この道具さえあれば、彼女でも、狩りは出来てしまうだろう。

 

 《ソウ、オモウなら、ワタシに、ヤラセル》

 (駄目だ。何かあったらどうする)

 彼女の体は、外皮が乾燥しきった今でも脆いのだ。

 引っ張られれば、千切れ、斬撃にも弱く、押しつぶしには、もっと弱い。


 骨と肉があれば、多少は違うのだろうが、糸だけで構成されていると、どうしても、脆くなってしまう。

 それこそ、不意の反撃でも食らったら、シャレにならない。

 

 《……カホゴ》

 少し、拗ねたように呟く彼女。


 (まぁ、あれだ。狩りぐらい俺がしねぇとな。俺の仕事が、無くなっちまう)

 《…ソウ………。ナラ、ソウイウ、コト、シテアゲル》

 心なしか、嬉しそうに聞こえる、彼女の声。

 どうにか、機嫌は損ねずに済んだらしい。

 

 ここ最近、彼女の声色で、感情が分かるようになってきた。

 彼女の声に、感情が上手く乗り始めているというのも、そうなのだろうが、俺も、聞きなれ始めたのだろう。

 

 《……シンカ、した?》

 それが進化だとしたら、かなり無駄な進化だな……。

 

 しかし、進化じゃないと言い切れない点もつらい。

 何故なら、進化が、思ったよりも、地味なのである。


 例えば最近、俺の手足が長くなり、胴体も細長くなってきた。

 おかげで、二足歩行がしやすくなり、空いた脚を使う事が増えてきている。


 虫の体で、成長期と言う訳では無いだろう。

 多分、彼女の作り出す道具を使いやすい様に、体が進化しているのだ。

 ……。もっと、派手なのを期待していたのだが……。

 

 《ルリのソウゾウ、アマイ。ヒカリにツツマレて、ムシがトツゼン、ニンゲンやドラゴンに、ナレル、ワケ、ナイ。ゲンジツテキにカンガエて》

 

 俺は、記憶を読めると言う、非現実的な存在に、現実をさとされ、項垂うなだれる。

 

 ……でも、そうだよな。記憶を読むと言えば性能はぶっ飛んでいるが、実際、脳から、過去の映像と、音声を取り出しているだけだ。

 感覚や感情も、糸を通してでないと、共有できないし、電気信号やらなんやらで、前世の世界では、説明ができそうな、部分もある。

 それに、彼女の体も、一見人間に見えるが、ただの糸が詰まった人形。

 俺は、見たことがないが、実際の姿は、蜘蛛の様な発光する生物だと言う。

 

 (……現実は、甘くないか……)

 呟くように愚痴ぐちると、残った蜘蛛の残骸を目の前に、のんびり、伸びをした。

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