第31話

 (…………)

 彼女に出会ってから、10日目の朝。

 現在、俺は、家の外に追い出されている。

 なんでも、彼女、食事風景を見られる事が、嫌いらしいのだ。

 

 彼女は、食事中は無防備だとか、野生生物の本能だとか、良く分からない事を言っていたが、まぁ、見るなと言われたら……。

 

 《オナカ。グチャグチャに、シマすヨ?》

 (クッ!!)

 脅しのつもりか、少しだけ、お腹の中で、糸を動かしやがった。正直、もう、それだけで、辛い。何がとは言わんが、辛い。

 

 《モット、ホシイ?》

 (やめてください!!)

 俺はドア越しに謝る。

 もう、完璧な主従関係が出来上がっていた。

 

 そもそも、今までが可笑しかったのだ。

 考えている事は、丸聞こえ、体も、その気になれば、自由に弄繰り回せる。勝てる要素がない。

 

 彼女と俺を結ぶ糸。これさえなければ、俺にも勝機はある。

 しかし、この糸、目に見えない。

 見えない上に、常に、三本以上、俺から彼女に繋がっているらしく、一本が不意に切れても、俺を制御下に置きながら、つなぎ直せるらしいのだ。

 

 後は、彼女の糸の届かない距離まで逃げる事だが……。

 (ヒャン……!ッてっめぇ!今は、逃げようとしてねぇだろ!)

 心が読まれる以上、それは不可能なのである。

 

 《…………》

 (…ったく、無視かよ)

 年頃の娘を持った、父親は、こんな気持ちなのだろうか……。

 いや、流石に、こんなに特殊な家庭環境の父親はいないな。

 

 それにしても、この子は、いつ生まれるのだろうか?

 俺は、お腹をさすりながら考える。

 

 《ジツは、ワタシが、オナカ、カキマワス、シスギた、セイで……》

 (おい?!マジかよ!それ!)

 

 《………ジョウダン》

 (何なんだよ、最初の間は……)

 返事は返ってこない。

 前の間も含めて、冗談だと言うことなのだろうが、感情が籠っていないので、分かりにくい。

 

 (俺が知ってる女王は、ポンポン小さな卵、産んでたんだけどな……)

 そう言えば、人間感覚で、生まれて来るのは一人だと思っていたが、考えてみれば、俺のお腹には、何人の子ども達が詰まっているのだろうか?

 あんなに沢山、毎日生まれてきたら、流石に対処に困る……。

 

 《アンシンスル。ヒトリ、ダケ》

 (そうか、それなら良かった……。いや、良くねぇけど)

 

 《ツブ》

 (潰さねぇよ!)

 食い気味に答えると、彼女は黙った。

 

 《………ルリ、コノゴロ、ソノコ、キニスル、バカリ。……ワタシヲ、マモル、ヤクソク、シタ。コドモ、ウム、ワ、カッテ。デモ、ワタシ、オロソカに、すル。……コロス、カモ、シレナイ》 

 突然、物騒な事を言い出す、彼女。

 殺されるのは、俺と子ども、どちらなのだろうか……。

 まぁ、冗談だろうが。

 

 《ルリ、シヌ、と、コマル。コドモ、ダケ》

 (………冗談だよね?)

 

 《コレワ、セイゾン、ホンノウ。ワタシ、ヨリ、ユウセン、ウマレル。ハイジョ、スル》

 ……………。

 

 《…………………ジョウダン》

 (はぁ………)

 俺は、思わずため息を吐く。

 その無機質な喋り声が、たまに、本気に聞こえるのだから、笑えない。

 

 《タベ、オワッタ。ハイル、シテ、ヨイ》

 (はいよ………)

 俺は、彼女の許しを得て、家の中に入る。

 俺の安住の地は、もう、何処にもないらしい。

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