第30話

 (食べないのか?)

 俺が差し出した、尺取虫のような幼虫を見つめる彼女。

 

 《タベル》

 そうは言う物の、俺をちらちらと見て来る。

 

 (なんだよ。俺はもう、食べて来たから良いぞ)

 《オナカ、ミレバ、ワカル》

 確かに、俺の腹は膨れていた。

 しかし、この頃、お腹が張って、食べ物があまり入らないんだよな……。お腹はすぐ空くのに……。

 

 《タマゴ、ツマッテル、シカタナイ》

 そうか、卵が詰まってるのか、なら、仕方が……。

 

 (おい。まさかお前、お前、俺の中に子どもを……)

 《アト、フタツキ、シナイト、ハンショク、ムリ》

 

 ………。何とも言えない答えが返って来た。

 しかし、こいつじゃないとなると、俺も、いつの間にか、他の寄生虫に……。


 《チガウ。ルリノ、コドモ》

 何で、男が子ども産むんだよ!

 

 《ルリ、オトコ、チガウ》

 …はぁ?

 

 《ルリ。メス。オンナ》

 …………は?

 

 《………?》

 何が疑問なのかと言わんばかりに、俺と一緒に、首を傾げる、彼女。

 

 《ルリノ、カラダ、メス。ワカラナイ?》

 分かった。分かりたくないが、分かった。

 つまり、俺はこの体に生まれ変わってから、ずっと女だったって訳だ。

 

 《ソウ。ワカッテ、クレテ、ヨカッタ》

 胸を撫で下ろす彼女。自然な仕草が、板に付きつつある。

 

 《アリガトウ》

 褒めてはいないし、その無表情をどうにかしろ。

 

 《カオ、ソウサ、コマカイ。ムズカシイ。シャベル、ヨリ、ツカレル》

 あからさまに、げんなりとした態度で、答える彼女。


 このまま、適当な話をしていたら、先程の会話はなかった事にならないだろうか。

 あるいは、夢落ちでもいい。

 

 《タマゴ、イケナイ?ツブス?》

 (フワァ………)

 お腹の中で、何かを弄られる感じがする。

 何か、くすぐったいと言うか、気持ちよいと言うか、苦しいと言うか………。

 

 (や、やめろ!腹の中で潰すな!)

 何とか、正気を取り戻し、反論する。


 (そ、それにあれだろ?無精卵だから、生まれてこないだろ?)

 《ルリ、タブン、タンイセイショク、デキル》

 

 聞きたくない事実だった。

 つまり、俺は俺の子を孕んで、育てるって言うのか?

 

 《ヒキズルダス、シテ、ツブス?》

 (フワッ……。…だから、お腹を弄るのは止めろ!!それに、俺の子を殺せるか!)

 ……でも、単為生殖って、どうなのだろうか。遺伝子的には、自分のコピーだと聞くが、生まれてきたら、俺、そっくりなのだろうか……。

 

 《タブン。オトコノコ》

 ……男の子なのか!じゃあ、女の俺そっくりとはいかないな!ハッハッハ!

 

 《ダイジョウブ?》

 ……あまり、大丈夫ではないかもしれない。

 

 (フワッ……)

 お腹をかき回される俺。

 《ダイジョウブ、ナッタ?》

 心配そうな表情で、顔を覗き込んでくる彼女。

 ふ、ふわぁっ…!や、やばい!これ以上かき回されたら……。


 (余計おかしくなるわボケェ!!!)

 ギリギリのところで、歯止めをかけた俺は、透かさず、彼女に反撃する。

 

 と、その瞬間。一瞬だけ、彼女が笑ったような気がした。

 爽やかな可愛い笑顔ではない。ニヤァ…。と言う、ねちゃつくような、背筋の寒くなるような笑いだ。

 

 《…………?》

 不思議そうに俺の顔を見る彼女。


 (そ、そうだよな。気のせいだよな)

 俺は思考を切り替えると。

 

 《あっ!!》

 腹いせに、彼女の分の尺取虫を平らげた。

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