第25話

 《キセイチュウ!》

 俺を抱擁する彼女は確かにそう言った。

 

 俺は、思わず、彼女を突き飛ばし、距離を取る。


 (あっ!!)

 《あ……》

 俺を抱擁していた、彼女から伸びる人間の腕が、引き千切れた。

 その断面からは、血や体液ではなく、糸のような繊維が、大量に伸びている。

 千切れた腕は、動きを止めた俺の背後からズルリとズレ落ち、床に力なく転がった。

 

 不思議そうな顔で、腕のあった場所を覗き込む、彼女。

 その、肉が見えているはずの場所には、やはり、びっしりと、糸の様な物が詰められていた。

 

 《コワレタ!!》

 彼女は、無邪気笑顔で、こちらを向く。

 その狂気の様に、俺は、また一歩距離を取った。

 

 《トッテ!》

 (……トッテ?……これをか?)

 俺が、千切れ落ちた腕を見ると、彼女は、首を上下に振った。

 

 俺は恐る恐る、千切れた腕に手を伸ばす。

 中には筋肉や神経のようにも見える、糸の束。

 そして、外側には、それをコーティングするように、柔らかい、人間のような外皮が形成されていた。

 

 彼女は、ほぼ100%、クリナではないだろう。

 現に彼女も《キセイチュウ》と言う言葉で、それを認めている。

 

 (……クリナの仇だぞ……。殺すか?)

 これ程脆い、今の彼女なら、簡単に殺せる。


 《コロセ、ナイヨ?》

 彼女がそう言って、不思議そうに首をかしげた途端、俺の体は動かなくなる。

 まるで、体の内側に棒を入れられた様だった。

 

 《ワタシ、ルリ、ネテル、アイダ、イト、イレタ》


 (俺が寝ている間……?つまりは、繭の中でも、糸の操作ができていたって事か?!)

 

 《ソウ。イト、イレル、ジカン、カカル。ズット、イッショ、ヨカッタ》

 嬉しそうに笑う彼女。

 あの仕草全てが、糸で操っているのだろう。

 もしかしたら、寄生虫とやらの本能で、好かれるように動いているのかもしれない。

 

 《コノ、カラダ。アナタ、スキ。チガウ?》

 違わない。好きだ。俺が思い描いていた、クリナの見た目、その物だ。

 

 《ヨカッタ。アナタ、イトデ、キオク、ヨンダ。イマ、モ、イトカラ、ココロ、ツタワル》

 胸に両手を当て、俯きながら、嬉しそうにする彼女。


 (なんと、なんと。はっはっは……。この糸は、体も操れて、心も読める、未来の便利道具らしい。これでは勝ち目なんぞ、無いではないか)

 やる気が削がれて行くのを感じる。

 力関係が、どうこうと、言う問題ではない。

 彼女と話せば話すほど、彼女の仕草を見れば見るほど、戦意が削がれていくのだ。

 

 《ベンリ、チガウ。イト、イレル、ジカン、カカル。ナガサ、ミジカイ。カンタン、キレル。フベン》

 少し悲しそうに俯く彼女。

 助けたいと思うように、計算された表情。


 (簡単に切れるか……。切らせてはもらえないんだろうけどな)

 俺の独り言に、彼女は元気に首を縦に振る。


 (……かばって貰いたいのなら、もっと、申し訳なさそうにしろ)

 心で、そう思うと、彼女は申し訳なさそうに頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る