第24話

 (はぁ…。はぁ…。はぁっ…)

 繭を破り捨てた俺は、そこにうごめく物を感じた。

 

 長細く、柔らかい何かが、俺の右頬に触れる。

 羽化直後の、あの、ふにゃふにゃな感触だ。

 (はぁ、はぁ、はぁっ!)

 緊張から、更に呼吸が荒くなった。

 

 (どうする?!殺すなら今だぞ!)

 しかし、匂いは確かに、クリナの物だ。

 動けないでいると、もう片方の頬にも、右頬と同じ感触が……。

 これは、腕か?

 

 弱々しい、腕のような物は、次々と、俺の体に向かって伸びて来る。

 簡単に振り解けるはずのそれに、完全にからめとられてしまう俺。

 無理やり振り解けば、引き千切れてしまいそうな程、繊細で柔らかかったからだ。


 (そ、そうだ。殺す事ならいつでもできる。まずは、まずは確認を……)

 彼女の匂いと、はかない感触に、戸惑う自身の心を落ち着かせる。


 俺は、腕に引き寄せられるように、繭の方へと近寄って行く。

 (大丈夫、柔らかい今なら、攻撃する手段はないはずだ……)

 ゆっくりと、慎重に相手のふところに入っていく。

 

 (うっ!!)

 突然の発光に怯む俺。

 その瞬間、体が一気に引き寄せられる。

 

 (やられた!)

 攻撃態勢を取ろうとした瞬間、頭に何かが流れ込んでくる。

 

 《スキ》

 聞いた事の無い、女の子の声だった。


 発光を続ける光。

 驚きのあまり、動きを止めていると、段々と目が慣れて来る。

 そうなれば、当然、相手の姿も見える訳で……。

 

 まず第一に、目に入ったのは、発光する下腹部。

 これは、俺らと同じような見た目をしている。

 しかし、それ以外。足も、胴も、腕も、顔も、人間そのものなのだ。


 その背中からは、俺をとらえている、八本の蜘蛛の脚。

 顔にも、よく見れば、通常の目に連なる様に、対照的に3つずつ、小さな、蜘蛛の目の様な物が配置されている。


 身長は、立てば、俺の3倍程だろうか。

 全体的に、クールなお姉さんと言った風貌だが、その表情は、無邪気そのもの。

 まるで、組み立てたパーツに、別のコアを組み込んだような感覚がした。


 そして、長い髪や、瞳を含む、体のパーツ全てが、羽化したばかりの仲間達の様に、透けるような白さをしている。

 

 (…………)

 俺は絶句するしかなかった。

 情報の処理が追い付かない。

 

 《ルリ!》

 (!?)

 俺を指差す少女。

 今、どう見ても、彼女は口を動かしていなかった。


 いや、そもそも、ルリと言うのは、俺の名前か?!

 何故、お前が、それを?!

 

 《スキ!!》

 今度は、元気な声と共に、人間の腕で、俺に抱き着いてきた。

 

 (?!)

 突然の抱擁に、驚くが、俺は何もできない。

 

 (ま、待て!お前は!)

 届くはずの無い、心の声。

 

 《キセイチュウ!》

 しかし、その返事は、しっかりと帰って来た。

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