第23話

 (………んっ……)

 今日も空腹で、悪夢に目覚めてしまう俺。

 ずっと、寝ていたいのに……。

 

 しかし、働かざる者、夢を見る権利すらないのだ。

 俺は、抱きかかえていた、クリナの匂いがする塊を、そっと、ベッドの上に置く。


 外に出ようと、ドアをめくれば、その隙間から、赤暗い光が差し込んでくる。

 

 (なんだ?)

 顔を出して、空を見上げてみれば、綺麗な赤い満月が漂っていた。


 (日本でもあったな。こう言う、赤い月……)

 結局何が原因でああなるのかは、知らずじまいだったが。


 「疲れた」が口癖で、休日、親から誘いがあっても、家から出ないグーたら息子だ。

 その場で気にはなっても、調べるまでの気力など、持ち合わせてはいない。許して欲しい。

 

 (クククッ…!許して欲しいって、何にだよ)

 そんな物、自分自身に決まっている……。

 まぁ、今の自分も含め、一生許す事はないだろうがな。

 

 一人、自問自答している俺の頬を、生暖かい風が撫でる。

 もう、夏も近いのかもしれない。

 

 (……さて、行きますか)

 いつも通り、木の幹を降りようとすると、洞の中で何かが動く振動がした。

 

 俺は、驚き、振り返ると、警戒する。

 俺が寝ている内に、何か忍び込んだのだろうか。

 狭い、この空間でなら、匂いがしてくるはずなのだが……。


 しかし、寝ている内に襲ってこなかったとすると、あまり敵対的ではないのかもしれない。

 

 (……まぁ、そんな事は関係ないけどな)

 この空間に、部外者が入って来たと思うだけで、吐き気がする。

 敵対的であろうがなかろうか、行きつく先は一緒だ。


 しかし、この隙間の埋められた扉を通り抜けたと言う事は、俺と同等か、それ以下の大きさのはずだ。素早い相手。それも、毒持ちだと厄介な事になりそうだ。

 

 (クフフッ……。少し前の俺なら、小さい相手なら、楽勝だ。とか、言い出しそうだな……)

 脳内で、自分への小言を呟きながら、緊張をほぐす。


 (俺は、いつ死んでも良いんだ。……気楽に行こうぜ)

 そうだ。この世界に残った、少しの刺激ぐらい、楽しまなきゃ損だ。

 

 俺は相手に反撃の隙を与えない様、全速力で振動の方向へ突っ込む。

 

 (………?)

 しかし、そこには何もない。

 匂いも、振動も無く、姿を消す。……そんな事が可能なのだろうか。

 

 (!!!…おとりか?!)

 振動や、匂いだけなら、それも可能だ。


 今まで、そのような相手がいなかったが為に、完全に油断していた。

 しかし、チョウチンアンコウや、ワニガメなど、囮を使う生物は、ごまんといる。

 

 俺は辺りを警戒するが、敵の気配はない。

 一瞬が、長い。空気が張り詰めたように感じる。

 心に嫌な汗が流れる。

 

 ガサガサ

 (そこか!!!)

 俺は足元に、視線を下ろす。

 

 ガサガサガサ

 (…………)

 あまりの衝撃に、硬直してしまう。

 

 ガサガサガサガサ……。

 (………クリナ?)

 足元で揺れていたのは、クリナの匂いのついた、謎の塊だった。

 

 俺は恐怖する。

 塊の中から、寄生虫が羽化する様子を想像してしまったからだ。

 

 ガサガサガサ

 (っ!!!)

 動き続ける塊から、自然と足が離れる。

 

 (俺の、唯一の心のり所なんだ…。壊さないでくれ……)

 あの中から何かが湧いてきたら、今度こそ、壊れてしまう気がした。

 

 メリ、メリメリィ……。

 (や、やめてくれ……)

 繭が破られる音を聞いて、俺は逃げ出しそうになる。

 見なければ、俺の中の記憶は、綺麗なままで居られる。

 

 メリメリメリ……。

 逃げるのか?また逃げるのか?

 繭の中から、そう聴こえた気がした。

 

 …分かってる。これは幻聴だ。俺の心が聞かせる、幻聴だ。

 見たって、何一つ良い事はない。

 

 また逃げるのか?彼女を置いて……。

 (違う!もう、それは、彼女じゃない!)

 

 いいや、彼女さ。ほら、考えてみろ、彼女の死肉を食らって、生まれた

 (やめろぉぉぉぉ!)

 

 …………納得しただろ?

 心の闇が、ニヤリと笑う。

 

 生まれてきた奴に食われるなら、死にたいお前も、本望だろ?


 ………そうだ。その通りだ。どうせ死ぬなら……。

 

 ………違う。そうじゃない。逃げるな。

 彼女が死んでいたのなら、それを受け止めろ!

 生まれてきた奴らを殺して、仇を取れ!

 夢に逃げるな!現実に向き合え!これは、怠惰な、お前への罰だ!

 逃げるな!受け入れろ!

 

 (逃げるなっ!)

 俺は、自分自身にかつを入れると、繭へと手を伸ばした。

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