旅立ち

第18話

 (……まだまだだな……)

 巣を離れて暫く、俺は、カゲロウモドキを狩った木を目指していた。


 理由は簡単。あの場所なら、食糧に困らなそうだからだ。

 それに、あの木には、何も住んでいないうろもあった。

 あそこなら高さもあり、安全に暮らせるだろう。

 

 ……だが、もう、日が傾き始めていた。

 このまま日が沈み、気温が下がれば、体が動かなくなる恐れがある。

 

 かと言って、クリナがいる以上、ペースを速める訳にもいかない。

 正直、俺自身も、一日で多くのイベントが起こりすぎて、へとへとだ。

 そもそも、こちらは冬眠明けで、基本、在宅ワーカーなのだ。勘弁して欲しい。

 

 (あぁっ!!)

 少し意識を逸らした隙に、クリナがふらふらと歩いて行ってしまう。

 

 急いで後を追うと、再び、クリナの横に付く。

 すると、心なしか、クリナが安心したように、すり寄って来たような気がした。

 ……まぁ、すぐふらふらと歩き出してしまうので、気のせいなのだろうが。

 

 そうこうしている内に、日は沈み切り、辺りの気温は、グンと低下する。

 

 (……この辺りで、今日は休むか……)

 現在は、森の中。

 辺りに枯葉が山積みになっており、進み難さから、疲労もピークに達していた。

 そもそも、俺達は疲労に対する感覚が鈍い。そろそろ休んでおかないと、下手をすれば、エネルギー不足で動けなくなる。


 生憎、この枯葉達、移動には邪魔だが、冷たい夜風を防ぎ、俺達が隠れるには十分な場所を提供してくれる。

 つまりは、どこでも休み放題なのだ。

 

 (あとは、クリナをどうするかだな……)

 目を離すと、すぐにふらふらと歩いて行ってしまう、クリナ。

 彼女をどうにかしない事には、落ち着いて休憩も取れない。


 ……それに、彼女にも、相当疲労は溜まっているはずだ。俺が制御してあげないと、今の不安定な彼女では、それこそ、体が動かなくなるまで、ソワソワし続けるだろう。

 

 俺は落ち着きのない、彼女の首根っこに、軽く噛み付いた。

 動きを制限された彼女が、少し怒ったように、こちらを向いて口をパクパクさせる。しかし、もう慣れたのか、本気の抵抗ではないようで……。少し可愛い。

 

 (違う違う!)

 俺は邪念を振り払うと、改めて、どうすれば、彼女を引き留められるか考える。

 考えに考える。どうすれば…。どうすれば……。

 

 あ、分かった、彼女のパクパクと動く口が、幼虫のおねだりに見えるから、可愛いんだ。


 (…………)

 あまりに答えが出なかったが為に、現実逃避をしてしまった。

 

 しかし、考えてみれば、彼女も今日一日は食事をしていないはずだ。

 彼女のお腹のふくらみを見ても、中はスカスカ、ぺったんこだった。


 俺は彼女を解放すると、貯蓄用の胃から、噛み砕いたアブラムシモドキを吐き出す。

 そして、そのまま、彼女の口へ無理やり押し付けた。

 

 初めの内は嫌がっていた物の、それが食べ物だと分かると、口を動かし始める、クリナ。口移しで、食べ物を食べる彼女は、本当に可愛いかった。

 

 (…………)

 見惚れていると、もっともっとと、俺の口元をまさぐってくる彼女。

 俺はすぐさま、追加の貯蓄分を吐き出す。

 

 彼女は俺の貯蓄用の胃を空っぽにすると、やっと落ち着きを取り戻した。

 案外、混乱していたと言うよりは、最初から、お腹が減っていただけなのかもしれない。

 

 暫くすると、うつらうつら、し始める彼女。


 (………はっ…)

 そんな彼女を見て、気が抜けたのか、急に意識が遠のいた。

 しかし、俺が先に眠る訳には行かない。


 そこからは、ただの我慢比べ。

 飛びかける意識を何とか繋ぎ止め、彼女を見守る。

 

 (……はっ……)

 もう何度目か。飛びかけた意識を引き戻すと、彼女は眠っていた。

 安らかに眠る彼女を横目に、俺はぺったんこになったお腹をさする。

 対照的に、彼女のお腹は、パンパンに膨らんでいた。

 

 (……まぁ、良いんだけどね……)

 苦笑すると、今度こそ意識を手放す。

 その日、俺は可愛い女の子に、物をせびられる、男の気持ちを知った気がした。

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