第17話

 少し歩いては、短くなった触覚を、クシクシ。少し歩いては、クシクシ。

 落ち着いた様子のクリナを見ていると、こちらも落ち着いて来る。

 

 しかし、平和そうに見えるのは、その仕草だけ。

 実際は、周囲を目視のみでしか、確認できない為、同じような場所をウロウロしてしまっている。

 

 俺は、このままでは危険だと、自分の体を優しく当てて、クリナの進行方向を、巣へと誘導していく。

 クリナは、体を当てて来る俺を認識しようと、頻りに触覚を寄せて来るが、その短い触覚では、届かなかった。

 

 それでも、俺に襲い掛かっては来ない、クリナ。

 見えてはいなくても、俺だと言う事を、何処かで感じているのかもしれない。

 

 そんなクリナと共に、巣の前まで来ると、仲間たちが、巣の入り口に入りきらないカゲロウを分解していた。

 

 (出入り口でやられると邪魔だな……)

 俺は、その横を通って、巣に戻ろうとする。

 と、解体していた仲間の一人に、体がぶつかる。

 

 解体に集中していたのか、驚いて、辺りを駆け回る仲間。

 よく見れば、傷がある。先程、一番に匂い違いを襲い、返り討ちにされた奴の様だった。

 

 そいつは、一通り、辺りを駆け回ると、俺らの所に戻ってきて、ゆっくりと触覚を伸ばしてくる。

 先程は一番乗りで、喧嘩を売りに行ったと言うのに。すっかりとビビりになってしまったようだ。

 

 そんなビビりさんは、俺に触覚を触れた途端、顎を開いて、警戒態勢を取る。

 

 (おいおい、流石にビビりさんでも、そりゃぁ、無いんじゃないか?)

 俺が心の中で苦笑していると、他の仲間たちも、俺と、クリナさんに触覚を当てて来る。

 

 (……え?)

 仲間の様子がおかしい。

 皆、こちらを向いて、威嚇してくる。

 

 (おいおい……。冗談だろ?)

 心ではそう思いつつ、仲間に近寄る勇気はなかった。

 今にも襲い掛かってきそうな気迫を感じたからだ。

 

 (な、何なんだよ……)

 段々と、近付いて来る、仲間たち。

 俺は、クリナさんの首元を咥えつつ、少しずつ後ずさった。

 

 しばらくにらみ合っていると、巣の入り口を守護している兵隊が、巣穴を這い出して、こちらに向かって来る。

 それに続くように、仲間たちも、進行を開始する。


 彼ら兵隊は、酸を持たず、動きも遅い代わりに、俺らの倍はある顎と、頑丈な体を持っていた。

 冗談でも噛まれたら、軽傷では済まされないだろう。

 

 (俺らが、何したって言うんだ……!餌を持って来て、仲間を守っただけだろ!)

 言葉が出ない事が、これ程もどかしく思った覚えはない。

 

 兵隊は、巣を這い出した時点で、進行を止める。

 奴らの仕事は巣を守る事で、巣を襲うもの以外には、関与しない。そこまでが、彼らの防衛ゾーンなのだろう。

 

 首を掴まれ、持ち上げられているクリナが、不安そうに足をバタつかせる。

 

 (………)

 ここで巣に戻ったとしてだ。

 冷静になって考えてみれば、俺は兎も角、この飢餓状態で、クリナが処分される可能性は高い。

 子ども達も、全部食われた。クリナをそんなリスクさらしてまで、今、この巣にこだわる理由があるのか?

 

 ……それに、クリナに救ってもらったにも拘らず、あちら側で威張っている、あのビビり野郎にも腹が立つ。

 

 (…………)

 俺はクリナを離すと、巣とは逆の方向へ、誘導するように歩き出す。

 彼らも追って来るような事はしなかった。

 

 クリナが不安そうに触覚を伸ばしてくる。

 俺は、そんなクリナに肩を貸す事しかできなかった。

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