第16話

 (クリナさんは大丈夫だろうか……)

 視界から消えたクリナさんの後を追う。


 クリナさんが助けに入って来てくれた時は、感動した。

 二人で、協力して、強敵を相手取った瞬間も、興奮した。

 今も胸がドキドキする………。

 

 今までも、クリナさんを見て、ドキドキする事はあった。

 でも、それは、憧れであって、恥ずかしさであって……。

 クリナさんは、お母さんのような。しっかり者で、面倒見の良い、お姉さんの様な存在だと思っていた。

 現に、血は繋がっているし、俺とは不釣り合いだし……!

 

 そうやって、いつも、逃げていた。

 ……でも、そろそろ、年貢の納め時なのかもしれない。

 

 覚悟を決めると、心臓がギュッとなる。顔が熱くなる。

 匂い違いの恐怖をその身に焼き付けながらも、再び、俺を助ける為に、立ち向かってくれた、彼女の顔が思い浮かんだからだ。

 

 (あ、愛の告白とかって、どうすればいいのかな?!……あ、でも、女王様じゃなきゃ卵は産めないし……。いや!卵を産むってなんだよ!そういうんじゃないだろ!)

 一人で混乱していると、クリナさんの姿が見えて来る。

 

 (……?)

 ……何か、様子が変だ。

 俺は急いで、クリナさんに駆け寄る。


 (クリナさん?!)

 そこには、苦しそうにのた打ち回る、クリナさんの姿があった。

 

 (……‼何してるんですか!クリナさん!)

 自分で自分自身を攻撃し始めるクリナさん。

 俺は、それを止めようと、彼女を組み伏せる。

 

 俺の下で、暴れ続ける彼女。

 その姿を見ていると、心が痛くて……。不安で一杯になる。

 一体何が原因で、こんな……。

 

 (……あ…)

 よく見れば、両方の触覚が中ほどから、噛みちぎられていた。

 

 それは、人間で言う所の、目と耳と鼻を同時に失った感覚だ。その衝撃は、計り知れない。

 まだ、彼女は、戦闘が終わった事さえ、気付いていないのかもしれない。

 

 (…………)

 ……少なくとも、彼女の目は見える。

 俺は彼女を首元を押さえつけ、自傷を阻止しつつ、落ち着くのを待った。

 落ち着けば、元の彼女に戻る。……そう思うしかなかった。


 (クソッ……!)

 ぶつけ様のない苛立ちがつのる。


 (どうすればよかった?!どうすれば正解だった?!匂い違いの脅威を知らないで、巣まで連れてきてしまったのがいけなかったのか?!それなら、俺が一人であいつに挑んで勝てたとでも言うのか?!獲物を諦めればよかったのか?!そんな事をしていたら、餌なんていつまで経っても集まらない!皆餓死しちまう!何が!!何が、何がっ?!)

 

 (……っ!!)

 混乱する俺を、いつの間にか、落ち着きを取り戻していたクリナが、舐めてくれた。

 普通、触覚で触れなければ、相手が仲間であるかどうかなんて、分からないのに……。


 今の彼女なら、もう大丈夫なはずだ。

 俺は、悔しさに歯を食いしばりながらも、静かにクリナの上から、身を退ける。

 

 彼女は、何事も無かったかのように立ち上がると、自然な動きで、自分の体を舐め始めた。


 (……良かった)

 その仕草を見れただけで、俺の心は幾分いくぶんか、救われた気がした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る