第11話

 ただただ貪られ続ける、偽アブラムシを眺める俺。


 正直、臭いので近付きたくはない。

 近付きたくはないが、ウスバカゲロウ(仮)が、食事に夢中になっている今なら、背後から、襲えるんじゃないか?


 こいつらの細くて、柔らかそうな体なら、俺の牙も通るだろう。

 それに、俺の数倍もある、あの体なら、一匹狩れれば少なくとも、俺の腹は満たされる。

 

 俺は、意を決して、ゆっくりと近づいて行く。

 気付かれて空に逃げられれば、そこまでだ。

 後ろからゆっくり、ゆっくり……。

 

 ブゥーン!

 (……くっそ!)

 案の定と言うか、やはりだめだった。

 一定の距離まで近づいた所で、一斉に飛び立ってしまう。


 今の目になった俺には、背後まで良く見えるのが分かる。いや、実際には良く見えないのだが、動く物、特に、近づいて来るものに対する感度が半端じゃない。


 現在、見えている画像を例えるなら、常に、ピントが一定の位置にあり、動かすことができないカメラの様な物だ。

 それは、多分、相手側も同じ事で、自分が動いていないのに、急に視界にピントが合った俺が映れば、そりゃ、誰だって、不審に思う。


 加えて、俺たちの目には、方眼用紙の様に、一定の間隔で仕切られているのだ。

 今まで、隣の枠に収まっていた奴が、いつの間にか、その隣の枠に移動していたら、警戒するのは当然だろう。

 

 (………)

 飛んで行ったウスバカゲロウ(仮)達を見上げる俺。


 (……まぁ、食べられなくも無いか……)

 ウスバカゲロウ(仮)達が残していった残骸を頬張ると、あの臭さを感じはする物の、何とか、食べられる範囲だった。

 味は兎も角、食糧の確保ができた事で、安心感が生まれる。


 (……よし、他の残骸も……)

 頭だけ食べられた、残骸を咥えた時。俺の触覚に、とんでもない衝撃が走る。

 腹に溜まっていたであろう、臭気の塊が、腹に穴をあけた事により、眼前で、爆発したのだ。

 

 あまりの臭気に、その場でひっくり返って、足をピクつかせる。

 頭を鈍器で殴られたかのような衝撃だった。

 今のが、幼体の偽アブラムシでなければ、失神は確定。最悪、ショック死していたかもしれない。

 

 (なんだよ、この爆弾処理作業……)

 痺れる体で、天を見上げる。

 少なくとも、気を付けなければならない点は、理解できた。

 これからは、安心しても、気を抜かず、慎重に動こう。


 (……まぁ、それが一番難しいんだけどね……)

 現に、安心感から、疲れがぶり返してきて、体を動かす気になれない。

 ボーっと空を見上げていると、未だにカゲロウモドキが空を飛んでいた。

 

 (……もしかして……)

 俺は、近くにあった、食べ残しを、腹が食い破られている残骸と、そうでない残骸に分け、積んでいく。

 

 そして、俺は、腹が食い破られている側の残骸に、潜り込んだ。

 これなら奴らの視覚も嗅覚も騙せる。

 後は、奴らが、偽アブラムシの臭いにつられて、こちらに来るのを待つだけだ。


 (…嗅覚が可笑しくなりそうだ……)

 触覚を舐め取りたくなる気持ちを、ぐっと抑え、辛抱強く待ち続ける。

 

 (きたっ!)

 暫くすると、案の定、カゲロウモドキたちが残骸の山目掛けて、降りて来た。

 俺のカモフラージュ作戦は、完璧だったらしい。

 

 (よしよし、良いぞ……)

 一心不乱に餌を食べ始めるカゲロウモドキ達。

 これだけ近くに居れば、視覚だけでも十分に捉えられる。

 

 丁度、俺が牙だけを出して待ち構えていた場所に、カゲロウモドキの首元が近づいて来た。

 ドキドキする。

 

 (今だ!)

 俺は、真下から、カゲロウモドキの喉元のどもとに飛び掛かった。

 

 周囲のカゲロウモドキ達は、一斉に飛び立ち、今度こそ、何処かへ飛び去ってしまう。


 俺の牙の中で藻掻もがく、一匹を残して。

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