第10話

 

 (………きっと、この辺りに……)

 俺は昔の記憶を頼りに、ある生き物を探していた。

 

 (ひぃっ!こわっ!)

 吹き抜ける強風を、顎まで使って、木の枝えだにしがみ付く事で、必死にやり過ごす。

 そう、ここは、木の枝の上。加えて言うなら、上空数メートルの場所にある、木の幹から生えた、枝の上だ。

 

 (ひぃぃ!また!)

 当たり前と言えば当たり前だが、この場所には遮蔽物がないので、強風の煽りをもろに受ける。

 そして、俺の体は、自分自身が驚くほど軽いのだ。そんな風を抵抗なく受ければ、一瞬で、風になる。

 

 (あ、あった……)

 まだ、葉をつけていない木の枝先。しかし、俺の視界でも、ぼんやりとした、緑の新芽が見て取れた。


 下の植物たちも、芽を出し始めてはいたが、奴らの姿は見えなかった。

 しかし、一年中生えている木の新芽部分になら、居るはずだ。あの、憎き存在が……。


 (……やっぱり!!)

 そこにいたのは、新芽に群がり、美味しそうに、木の汁を吸う、俺の知るアブラムシそのものだった。


 奴らは、一時期、家庭菜園をしていた時のライバルだった。

 奴らを駆逐する為、春先にどこからやってくるのか、どうやって身を守っているのか、どうやって繁殖するのか、全てを調べつくした。

 その知識が、今役立つことになろうとは……。

 

 (……お尻叩けば、蜜が貰えるんだったよな?)

 トントントン。挨拶の要領で、おしりを叩く。

 すると、彼らは、予想通り、お尻から何かを出し……。

 

 (くっさぁああああ!!!)

 俺はあまりの臭さに、木から転がり落ちそうになる。

 

 (こ、こいつら……。俺の知るアブラムシじゃねぇ!)

 しかし、これだけ臭いにおいを出せれば、確かに、俺らの力を借りる必要はないのかもしれない。

 現に、俺の食欲も、減退したしな。

 

 しかし、今、選り好みしている暇はない。

 俺は、必死に、匂いでおかしくなりそうな触覚を舐め取ると、再び臨戦態勢に入った。

 

 一気にやってしまえば、臭いのなんて、問題ない!

 集団に飛びつこうとした俺の前に、一匹の虫が飛来する。

 

 俺の倍ほどの大きさを持つ、長細い羽虫。

 ウスバカゲロウにも似たそいつは、俺を無視して、偽アブラムシの方へ向かう。

 

 (あ、あいつなら、俺でも倒せるかもしれねぇ!)

 そう思っていると、辺りを、先程よりひどい臭気が包み込む。

 俺は、距離を取っていたと言うのに、一瞬、意識を持っていかれそうになった。

 風が吹いていなかったら、匂いがこの場に留まり、確実に失神していただろう。

 

 恐るべき、偽アブラムシ。

 あの集団の中に突っ込まなくて、本当に良かった……。

 

 俺が一人、ダメージを受けている中、あの羽虫は、何事も無かったかの様に、アブラムシを貪り食う。


 風が吹いているとは言え、爆心地である、偽アブラムシ周辺は相当な臭気が充満しているであろう事は、想像にかたくない。

 きっと、あの羽虫には、この臭気が効かないのだろう。


 なす術のない、偽アブラムシ達。

 その鈍足さでは、逃げる事もかなわず、一匹、また一匹と数を減らしていく。

 ……種として、それでいいのか?偽アブラムシ達よ……。


 仕舞いには、ウスバカゲロウ(仮)の追加個体まで現れ、辺りでは偽アブラムシ達の奪い合いが発生する始末。

 

 その後も、続々と現れるウスバカゲロウ(仮)達。

 先程まで、全く姿を見なかったにもかかわらず、これ程集団で現れると言うのは……。


 もしかしたら、偽アブラムシの出した臭気を嗅ぎ付けてやって来ているのかもしれない。

 もし、そうなら、もう、偽アブラムシの絶滅も近いだろうな……。


 俺は、ただただ貪り食われて行く、偽アブラムシ共に、心の中で手を合わせた。

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