第8話

 (ご飯の時間だぞ)

 俺が近づくと、口を小さく、パクパクさせる幼虫。

 この子は成長が遅く、力もないためか、あまり大きな音を出せない。

 そういう個体は、他の仲間から、あまり餌を貰えないのだ。


 なので、俺はこうやって、貧弱な個体ばかりの面倒を見る羽目になっている。

 ……まぁ、好きでやっているのだから、文句はないが。

 

 この世界では、個人のする事に、とやかく言う奴もいない。

 というか、そもそも、取れるコミュニケーションが限られている。

 背中トントンでも、レパートリーを増やせば、もう少し、意思疎通ができると思うのだが……。

 察するに、そのレベルでの知能を持ち合わせていないのだろう。


 そのせいもあってか、仲間同士は、基本的に、お互いに無関心でいる事が多い。

 なので、俺が、ここで"餌の無駄遣い"をしていても、誰も文句は言ってこない。

 

 (……無駄遣いじゃないもんな……)

 自身で考えている事を、自身で否定しているようじゃ、救えない。

 しかし、弱々しくも、一生懸命、口をぱくつかせ、餌を食べている幼虫を見ていると、そう願わずにはいられなかった。


 ……俺が面倒を見ている幼虫は、大抵死ぬ。

 他の仲間が面倒を見てくれないと言う事もあるが、そもそもとして、個体として、貧弱なのだ。だから、すぐ病気になったり、カビが生えたり、食べたものが、上手く消化できなくて、死んだ奴もいた。

 

 (……さて、次の子は……)

 いつもの場所に来ても、その子は見つからなかった。


 ……大抵は、こうやって、姿を消すせいで、餌が無駄になる。

 弱い個体の最大の脅威は、仲間の間引き行為なのだ。


 ……冬が迫って来た。

 女王様の産卵は完全に停止し、幼虫たちも、大人たちも、あまり動かなくなってくる。

 

 ガサガサと、常に、誰かの動く音は聞こえる物の、普段に比べれば、静寂と呼べるほど、家の中は静かになっていた。

 

 餌は食糧庫が一杯になる程集まった。

 ただ、半年間もつような量では無い。冬の長さにもよるが、下手をすると……。


 寒くなっても、外に出る奴らは、ごくわずかだがいる。その中で餌を見つけて来てくれる事を願うばかりだ。

 

 (………はっ!)

 ダメだ、俺も、気温が低いせいか、眠たくなる。


 クリナさんを含め、元気に働いている奴らもいるので、多分、これは個体差なんだと思う。

 

 (お、俺も、あの子の体、綺麗にしなきゃ……)

 その時、薄れゆく意識の隅で、普段あまり働かなかった奴らが、動き出した振動を感じた。

 

 (なぁるほど……。あいつらは、欠員補充員だったって、訳ね)

 一人で、勝手に納得していると、クリナさんがこちらに来て、体を舐めてくれる。

 

 クリナさんがいるなら、安心だ。

 俺は、クリナさんに身を預けながら、ゆっくりと眠りについた。

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