第5話

 最近、気温が下がり初め、女王様が、卵を産まなくなってきた。

 そうなると、育児班の手が空き始める。

 一方で、冬になり、餌がなくなる前に、俺たちは蓄えを用意しなければならないのだ。


 重ねて、今回は、大物の餌を見つけたと言う事で、特殊な香りが、巣の中に広がっていた。

 簡単に言うと、一定以上の年齢で、暇な奴ら、外に出て働け。と言う、伝令だ。


 その一定の年齢に、俺もギリギリ入っていた事、

 クリナさんの様子を見ていた所、外に出る様子だった事、

 以上の二点が揃い、俺は、初めての外出に挑んでいる。


 (~~~♪) 

 俺はクリナさんの後を追って、上機嫌で上層へ上がる。

 前々から、外の世界には興味があったのだ。

 それに、クリナさんと、お出かけが出来るのは純粋に嬉しい。


 ……まぁ、当の相手のクリナさんは、こちら等、見向きもしていないのだけどね……。

 もしかしたら、俺が後ろをついて来ていること自体、気付いていないのかもしれないな……。


 (さっぶっ……)

 そんな事を考えつつ地上を目指していると、どんどんと気温が下がってきた。

 きっと、地上に近づいているせいだろう。きっと、外は、もっと寒い。


 この時点で、若干後悔の念が生まれるが、無駄な動き一つせず、前を進むクリナさんの背中見ていると、俄然がぜん、やる気が湧いてくる。


 …クリナさんはカッコいい。

 仕事はテキパキ、それでいて、完璧に。サボるような事もせず、面倒見も良い。

 その整った背筋と、ずれない重心から繰り出される、無言の背中には、惚れ惚れしてしまう……。


 ……因みに、無言の背中と言うのは、皆が喋れない現状況では、比喩的表現であり、多くを語らずながら、その背中が物語っていると言う……。


 お喋り不足による、脳内コント病を発症させていると、足の速いクリナさんは、どんどんと先に行ってしまう。

 

 (ま、まってぇ~!)

 声を掛けたいが、そんな信号はない。

 精々、危険信号ぐらいは出せるが、そんな事をしたら、巣の中が大パニックになってしまう。

 

 俺は人混みをき分けながら、何とか、クリナさんの後ろに付き直す。

 外から食糧庫へ続く分岐路に近づくにつれ、人混みが増え、餌を持ち運ぶせいで、余計に道が狭くなる。


 ……しかし、皆が運んでくる、あの破片は動物の肉の様に見えた。

 普段、餌になる虫よりも、栄養価が高く、食べやすく、量もある。

 これには、巣が沸き立つのも、納得が行った。

 

 こちらで生まれて以来、初めて見る日の光も、段々と近づいてきている。

 気分の乗って来た俺は、クリナさんを追い抜いて、足取り軽く、穴の外まで飛び出した。


 瞬間、凍り付くような、北風が……。

 あまりの寒さに硬直する俺。

 そんな俺に、目もくれず、クリナさんが、真横を追い抜かしていく。

 

 (ま、まってください~~!)

 今度は、何とか触覚が届く。


 驚いたように振り返る、クリナさん。

 彼女は礼儀正しく、挨拶を返してきた。


 (……やっぱり、今まで、気付かれてすらいなかったんですね……。俺って、そんなに影が薄いですか……?)

 俺は、内心不貞腐れながらも、表面上、元気に挨拶を返し、二人で、餌まで続く、隊列に加わった。


 隊列を進みながら、辺りを観察する、俺。

 全てが大きく見える世界。……だと、思っていたのだが、ぼやけていて、案外、何も見えなかった。


 一瞬、こんなものか。と、呆気に取られたが、考えてみれば、良く見えない世界が、どこまでも続くのだ。


 この世界では、俺は匂いしか、頼りにできない。

 現に、目視では、今出て来たばかりの巣穴も、良く分からなくなっているのだ。


 そんな、命綱とも呼べる香りが、風でなびき、外界の様々な香りと混ざり合う。

 巣や、隊列の匂いを見失ったらと思うと、気が気ではなくなった。

 

 (今は、目の前の事に、集中しよう……)

 俺は、頭を切り替えると、必死に隊列の匂いを追った。

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